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 世界市場でシェア上位に食い込む日本の2輪車メーカー。中でもひときわ独自性に富むのがヤマハ発動機である。2014年に「リーニング・マルチ・ホイール(LMW)機構」を搭載したガソリン3輪車を初投入。「全エンジン領域で搭載可能」(同社開発陣)な技術として、今後さらに3輪化を推し進めていく(図1、2)。日本市場で普及が見込める第一種原動機付き自転車(原付き一種)や、排気量1000cc超の大型スポーツバイクなど、多様な車両への搭載を視野に入れる。車両質量の増加という課題を乗り越えられるかが実現へのカギだ。

取材対象者(ヤマハ発動機)
・市原久士氏:PF車両開発統括部SV開発部LMW設計グループ グループリーダー
・鈴木貴博氏:PF車両開発統括部SV開発部LMW設計グループ(NIKENプロジェクトリーダー)
・浅野大輔氏:PF車両開発統括部SV開発部LMW設計グループ(TRICITY300プロジェクトリーダー)

図1 ヤマハ発動機のガソリン3輪車「TRICITY(トリシティ)300」
図1 ヤマハ発動機のガソリン3輪車「TRICITY(トリシティ)300」
2020年9月に発売した、同社4車種目の「リーニング・マルチ・ホイール(LMW)機構」搭載車。排気量は約300cc。前2輪・後ろ1輪の機構が特徴で、運転者は重心移動で車両をリーン(内傾)させて走る。2輪車のような爽快感ある旋回性能を維持しながら、転倒のリスクを減らしている。(撮影:日経クロステック)
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図2 斜め後ろから見たトリシティ300
図2 斜め後ろから見たトリシティ300
後輪は1輪でベース車から大きくは変わっていない。LMW機構の搭載で車両前部を中心に2~3割の質量増加を招くことが開発時の課題である。(撮影:日経クロステック)
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 同社の3輪車は、前2輪・後ろ1輪の機構が特徴的だ。運転者は重心移動で車両をリーン(内傾)させて走る。2輪車のような爽快感ある旋回性能を維持しながら、転倒のリスクを減らす。

 3つの車輪で車体を支持して走ることで、発進直後や停止直前のふらつきを抑える。前2輪でブレーキ性能を分担し、従来の前1輪の状態に比べて制動距離の短縮に成功。前2輪のどちらかが滑っても、残る1輪が路面を捉えていれば転倒を避けやすい。

 3輪車は既に配送用途で広く普及している。代表格は、前1輪・後ろ2輪のホンダ「GYRO(ジャイロ)」シリーズだ。車両後部に荷物を載せて運ぶ。駆動輪かつ積載荷重を支える後輪を2輪化することで、積載中の走行安定性を高めている。一方で、ヤマハ発の3輪車の駆動輪は1輪のまま。安定性を高めつつも、より2輪車に近い乗り味を追求した車両といえる。

 ヤマハ発は独自技術のLMW機構で3輪化を実現した(図3)。基本形は「パラレログラムリンク」と「片持ちテレスコピックサスペンション」と呼ぶ部品で構成。車輪を支えるストラットの上同士をつなぐリンク2本が平行に並び、平行四辺形を成している。

図3 ヤマハ発の3輪技術で核となるLMW機構
図3 ヤマハ発の3輪技術で核となるLMW機構
前輪部分に搭載したLMW機構は「パラレログラムリンク」と「片持ちテレスコピックサスペンション」で構成。平行四辺形リンクが、車体の動きに合わせて角度を変える。車体を右に倒せば右のタイヤが上がり、左のタイヤが下がる。左に倒せば左のタイヤが上がり、右のタイヤが下がる。これにより、車体を内傾させても両輪で路面を捉えながら走る。(撮影:日経クロステック)
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 運転者が重心移動で旋回しようとすると平行四辺形の角度が変わる仕組み。これにより、前左右輪は平行を維持しつつ互いに上下に動く。車体を右に倒せば右のタイヤが上がり、左のタイヤが下がる。左に倒せば左のタイヤが上がり、右のタイヤが下がる。車体を内傾させても、両輪で路面を捉えながら走れる。

 同社が3輪技術の研究開発を始めたのは1970年代半ばのこと(図4)。そこから約40年後の2014年に初の量産車「TRICITY(トリシティ)125」の発売にこぎ着けた。現在では、排気量約125ccのトリシティ125に加えて、同155cc、同300cc、同845ccと、小型から大型まで幅広い車格にLMW機構の搭載を拡大。安定性や乗り味など、各車格で重視する項目に応じて機構の構造を変更したり、機能を追加したりして改良を続けている。

図4 ヤマハ発は1970年代半ばに3輪技術の研究開発を開始
図4 ヤマハ発は1970年代半ばに3輪技術の研究開発を開始
写真は小型のLMW試作車で、1970年代後半に同社が撮影。2輪車になじみのない女性や若年層の需要を開拓するため、排気量約50ccのスクーター「Passol(パッソル)」と並行して研究開発を進めていた。(出所:ヤマハ発動機)
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 今後3輪車で目指すのは「2輪車や4輪車と肩を並べる1つのカテゴリーにすること」(同社開発陣)である。そのためには、2輪車の主力市場である東南アジア諸国連合(ASEAN)をめがけた既存車両の刷新を続けつつ、より幅広い車格にLMW機構を搭載することが望ましいだろう。

課題は2~3割の質量増

 同社は水面下で次期型の3輪車を開発している。排気量約50ccの原付き一種クラスや、同1000cを超える大型スポーツバイクなどを「検討の選択肢」(同社開発陣)として挙げる。排気量約125~845ccの既存ラインアップに、より小さい車両、その反対により大きい車両を加えることで、日本を含む幅広い地域での拡販を狙う。ベースとする2輪車の選定や、車両サイズに合わせたLMW機構のつくり込みを進める。

 小型や大型を問わず、3輪化では車両質量の増加が課題となる。既販のトリシティ125や大型スポーツ車「NIKEN(ナイケン)」にもベース車はあるが、LMW機構の搭載で車両質量は2~3割増えてしまう。そのため、ベース車のエンジンのままでは出力やトルクが不足し、3輪化しても狙った走行性能を発揮できないことがある。排気量約50ccと小さい原付き一種クラスは特に難しい。