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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が三菱重工業などと開発を進める日本の次期主力ロケット「H3」は、試験機1号機(以下、初号機)の打ち上げが2020年度から21年度へと延期された。2020年5月に実施した第1段エンジン「LE-9」の燃焼試験で異常が発覚したためだ。燃焼室内壁の亀裂と、液体水素ターボポンプのタービンブレードの破断である。原因の推定と対応策の適用、効果の検証を延期した1年間で実施していくことになる。

 H3の基本的な設計思想は「使い捨てロケットを窮める」というものである。これは打ち上げたロケットを回収せずに、ペイロード(積載物)の単位重量当たりのコストを最小にするという考え方だ。一方海外では、米国の宇宙ベンチャーSpace X(スペースX)が実現した「逆噴射を活用してロケットを回収し、再利用する」という考え方が広がりつつある。

 こうした世界の潮流に対して、H3はどれほどのアドバンテージを得られるのか。H3の前世代である「H-IIA」ロケットは20年以上運用されたが、H3もやはり「使い捨てを窮めたロケット」として、20年以上運用される長寿命ロケットになるのか。技術的な観点からH3の今後について推察する。

逆噴射で着陸するファルコン9第1段
逆噴射で着陸するファルコン9第1段
スペースXはファルコン9の初号機の「V1.0」から最終型の「ブロック5」まで、8年間に4回の大規模な改良を加えた。仕様を固定せずにどんどん改良していくのは、スペースXの技術開発の特徴だ。(出所:SpaceX)
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コスト半減だが、スペースXによって全く異なる方向性が出現

 過去を振り返ると、純国産を目指した「H-II」ロケット以降、日本の大型液体ロケットは新世代で常に「コスト半減」を目標としてきた。

 1994年に初号機を打ち上げた「H-II」ロケットは1機の打ち上げコストが約170億円だった(年2機打ち上げの場合)。その後継機の「H-IIA」では、1機の打ち上げコストの目標をH-IIの半額に当たる85億円に設定し、開発完了時にこの目標をほぼ達成した。

 しかし実際には、2001年から運用が始まったH-IIAの打ち上げコストは100億円前後で推移した。2003年11月、6号機の打ち上げ時に事故が発生。当初の目的ほど、海外からH-IIAの打ち上げを受注できなかった。この他、コスト低減よりも確実な打ち上げを求める官需衛星が主体となったことなどが重なって、H-IIAの打ち上げコスト低減は目標通りには進まなかった。

 H3は、H-II/H-IIAとほぼ同等の打ち上げ能力を有する構成の「H3-30」(固体ロケットブースターを持たず、種子島宇宙センターから高度500kmの太陽同期極軌道*1に4tのペイロードを打ち上げられる)で約50億円という目標を掲げている。一声、100億円の半分である。これは現実的なコスト目標であって、技術的には「今の日本の技術が実現し得る最大限の“お値打ち価格”」ということになる。

*1 太陽同期極軌道:人工衛星の軌道の一つ。北極と南極の上空を通過する「極軌道」のうち、人工衛星の軌道面(軌道が描く平面)と太陽方向の角度が一定に保たれる軌道。太陽同期極軌道を回る衛星から地球を見ると、太陽光線が常に一定の角度で地表に当たる。

 この「1世代でコスト半分」の流れは、「日本のロケットが競争力を持ち得るための現実的な路線」と考えられていた。というのも、過去30年以上、日本のロケットは世界のロケット市場で厳しいコスト競争にさらされている状況に変化がなかったからだ。

 1980年代半ば以降、仏Arianespace(アリアンスペース)が販売している「アリアン4」「アリアン5」ロケットは、信頼性と価格のバランスを武器に商業打ち上げロケット市場の過半を占め続けていた。1991年のソ連崩壊後、ロシアはロケットをダンピング価格で国際市場に放出し、低価格化を押し進めた。その一方で、ロケットの最大の「消費国」である米国では官需が大きく、商業打ち上げ市場の規模は限定的であり続けた。日本がこうした市場に参入するには、コスト面での不利を克服する必要があり、「使い捨てを維持して1世代でコスト半分」を目標にせざるを得なかったのだ。

 しかし、2011年9月に風向きが変わった。スペースXが、10年6月に初号機打ち上げに成功したばかりの「ファルコン9」(Falcon 9)ロケットの第1段を再利用可能にすると発表したのだ。同社は、打ち上げたファルコン9の第1段を、逆噴射によって地上に軟着陸させて再利用する考えをぶち上げた。