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 とあるピザ宅配店。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた巣ごもり需要の拡大により、きょうも絶え間なく注文が届く。気が付けば、時計の針は午後7時を回ろうとしている。夕飯時だ。注文件数がピークに達する。猫の手も借りたい忙しさのはずが、店長はタブレット端末の画面をじっと見つめて動こうとしない。よく見ると、画面上には2輪車のようなアイコンが数個。10秒ごとに移動している。「よし、あと1分でA号車が店舗に戻る。次のピザを仕上げて箱に詰めるか」。店長はそう言って腰を上げた。

 これは、ホンダの販売子会社、ホンダモーターサイクルジャパン(東京・北)が2020年10月に始めた商用バイク(2輪車・3輪車)向けのコネクテッドサービスだ。名称は「Honda FLEET MANAGEMENT(ホンダ フリートマネジメント)」。既存車に専用のTCU(テレマティクス制御ユニット)を取り付けて、コネクテッド機能を備えた「つながるバイク」に変える(図1)。稼働率の向上、安全性の向上、労働環境の改善という3つの効果を狙う。

図1 ホンダモーターサイクルジャパンは「つながるバイク」サービスを展開する
図1 ホンダモーターサイクルジャパンは「つながるバイク」サービスを展開する
(a)既存車にTCU(テレマティクス制御ユニット)を後付けして、コネクテッド機能搭載の「つながるバイク」に変える。TCUは全長81.0×全幅59.0×全高24.3mm。質量は約200gである。利用料金は1台当たり月2200円に設定している(初期費用や端末費用を除く、1年契約の場合)。(b)ホンダの商用EV(電気自動車)2輪車「BENLY e:(ベンリィ イー)」。写真は試作車。同車両の場合、TCUはフロントフォーク周辺の内装カバー内に組み込む。(撮影:日経クロステック)
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 同サービスは、登録車両の位置や走行経路などをリアルタイムでクラウドに収集し、米Google(グーグル)の「Googleマップ」上に示す。車両の運行管理者は、タブレット端末やスマートフォンの画面で情報を確認し、走行経路の変更を促すなどして、車両の稼働率向上に役立てる。物流事業者の場合、急な集荷の依頼が舞い込むことも多い。近くを走る車両に指示を出し、最短経路で集荷に向かわせるといった使い方を想定する。

 登録車両が走った距離や時間も自動で計測する。同時に、急加速や急減速といった車両の挙動もデータとして収集する。ここから、運転時の癖を分析して危険運転を見つけ出す。運転者にフィードバックして安全運転を促し、交通事故のリスクを減らす。

 急加速や急減速が多い運転は燃費の悪化を招く。一定の速度域で走ることを意識すれば燃費は改善し、燃料コストの削減につながる。20年10月のサービス開始から1カ月が経過したが、「導入の前後で燃費が3割近く改善する例も見られた」(ホンダモーターサイクルジャパン)という。

 また、運転者の業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)化にも貢献する。これまで、手作業で記録することが多かった乗務日報を自動で生成し、運転者のコメントを加えるだけで提出できるようにした。運転者不足が叫ばれる昨今、労働環境を改善することは物流事業者の競争力強化になる。

 サービス導入のために必要なTCUは、寸法が全長81.0×全幅59.0×全高24.3mm。質量約200gである。4輪車に比べて、熱や水、振動の影響が大きい2輪車でも長期間故障なく使える。

データ取得率99%

 TCUのGPS(全地球測位システム)アンテナで車両の現在地を取得し、「LTE」の「カテゴリーM1」を使って情報をクラウドに吸い上げる。電源は、防水タイプのコネクターで車両から供給を受ける。TCU自体にも小型のリチウムイオン電池を補助電源として搭載し、エンジン再起動時のGPSによる測位スピードを速めている。

 コネクテッドサービスには、スマートフォンの位置情報を使う仕組みもあるが、TCUの方が高精度な情報を得やすいという。「スマートフォンでは電源が切れたり、アプリが起動しなかったりと、データ取得率は68%にとどまる。TCUなら99%は確保できる」(ホンダモーターサイクルジャパン経営企画室主任の山本祐司氏、図2)。

図2 ホンダモーターサイクルジャパンの山本祐司氏
図2 ホンダモーターサイクルジャパンの山本祐司氏
同社経営企画室主任。2輪車・3輪車向けの商用コネクテッドサービス「Honda FLEET MANAGEMENT(ホンダ フリートマネジメント)」を主導する。(撮影:日経クロステック)
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 TCUとGPSの干渉を防ぐため、車両ごとに機器の搭載位置を変える。ホンダの商用EV(電気自動車)2輪車「BENLY e:(ベンリィ イー)」シリーズでは、フロントフォーク周辺の内装カバー内に組み込む。屋根付きのガソリン3輪車「GYRO CANOPY(ジャイロ キャノピー)」では、座席背もたれと積載空間の隙間に取り付ける。その他、業務用の「スーパーカブ プロ」等にも対応している。

 商用バイク向けから始めたホンダのコネクテッドサービスは今、ビジネス規模の拡大を模索し、趣味性が高い自家用2輪車向けのサービスを検討中だ。ツーリングやメンテナンスの記録管理への応用を視野に入れ、所有者にとっての車両価値を高める。拡販によってTCUやサービス運営のコストを下げ、より簡単に搭載できる機器の開発にも取り組む。