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 出版社大手の文藝春秋(東京・千代田)と、個人がコンテンツを発信、販売できるプラットフォームを展開するnote(東京・港)が資本業務提携を結んだ。文藝春秋の98年の歴史の中で、資本業務提携は初となる。老舗出版社を動かしたのは、DX(デジタルトランスフォーメーション)への危機感と、noteに対する期待だった。両者の提携内容を詳報する。

(写真:日経クロステック)
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 業務提携の内容は4点ある。1点目はクリエーターの発掘と育成だ。noteを使った新たなデジタル新人賞などの創設も検討する。noteの加藤貞顕代表取締役CEO(最高経営責任者)は、「才能ある若者がWebで作品を表現する機会が増えている。そうした書き手がデビューできるようなキャリアパスを作りたい」と話す。

 2点目は新しいコミュニティーの創出。両社のネットワークを持ち寄って、クリエーターと読者が交流する場を生み出すことを狙う。文藝春秋の島田真執行役員は「雑誌とはファンがあってのものだった。そういう場をWebでも作っていきたい」と狙いを語った。イベントの共同開催も視野に入れる。

 3点目は人材交流だ。文藝春秋社員はnote側からデジタルの技術や知識を、note社員は文藝春秋側から編集技術を習得する。noteが運営するコンテンツ配信サイト「cakes」で掲載した記事が、「差別的ではないか」などとSNS(交流サイト)などで“炎上”した問題などを踏まえ、「(リテラシーの観点でも)非常に強化できると思っている」(加藤CEO)。

 人材交流を長期的な出向とするか、研修や短期派遣などの形式とするかは検討中で、「定期的に集まって提携や交流について話し合う検討委員会のようなものを立ち上げることになるのではないか」(文藝春秋の島田執行役員)。

 最後の4点目は両社による新規事業。民間企業や公的機関に対しての有償サービスを検討するほか、noteの加藤CEOは「個人的な考えだが、両社による新規メディアの立ち上げというアイデアも当然ある」と明かした。

 noteが文藝春秋を引受先とする第三者増資を実施する。出資額は非公表だが、noteに出資する他のメディア企業と同じく少額出資にとどまるとみられる。文藝春秋による資本業務提携は初めて。

 文藝春秋を動かしたのは、DXに対する課題感だった。

 もっとも、同社はニュースサイト「文春オンライン」が好調で、デジタル化が進んでいる出版社の1つ。新聞・雑誌の実売部数を調査する第三者機関である日本ABC協会の調査では、2020年7〜9月期の文春オンラインの平均月間PV(ページビュー)は3億2151万で、雑誌社が運営するメディアで最多となった。2017年1月の創刊から4年足らずで、出版社系では日本最大のWebメディアになったと言える。

 ただし、現場には課題もあった。文春オンラインは、広告収入が主な収益源。時事性の高い記事を中心として多くのPVを獲得することが、広告売り上げの増加につながる事業モデルだ。一方で、出版社には雑誌や書籍というコンテンツを販売するというもう1つの収入源がある。月刊「文藝春秋」をはじめとする既存の雑誌や、小説などの単行本・文庫といった紙のコンテンツをどうデジタル化し、販売するか。収益構造の多角化という面でも、特に時事性が薄いコンテンツのデジタル化という点で文藝春秋には課題があった。

 ブレイクスルーの端緒が、2019年11月に創刊した「文藝春秋digital」だった。自社でシステムを開発するのではなく、noteのプラットフォームを使って展開することを発表し、話題を呼んだ。noteからのコンサルティングを受けることで、既存コンテンツをデジタル上で展開するヒントを得た。「最初の1年で達成すべき有料会員数の目標はクリアしている」と文藝春秋の島田執行役員は現状を説明する。

 紙を扱う出版社にとって、DXへの反応は「期待」と「不安」の両面ある。コンテンツのデジタル化によって売り上げが伸びる可能性はあるが、システム投資を含め「自社だけでDXできるのか」という不安も当然ある。

 文藝春秋もまた、期待と不安を抱きながらDXに歩み出している。文春オンラインを筆頭とするニュースサイトは自社開発、その他のコンテンツはnoteという外部プラットフォームの利用と、2種を使い分けながら運用するという道を選んだわけだ。

 noteには日本経済新聞社も出資している。

 以下は、両社のキーパーソンへのインタビューを掲載する。


 文藝春秋の歴史上、初となる資本業務提携はどう決まったのか。noteとの資本業務提携を役員会議に提出した島田真執行役員と、「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャーとしてnoteを利用してきた村井弦氏に詳細を聞いた。(聞き手は島津 翔=日経クロステック)

2019年11月に、noteを使ったデジタルメディア「文藝春秋digital」を始めました。連携から、今回の資本業務提携に至るまでの流れを教えてください。

島田真・文藝春秋執行役員(以下:島田) 文藝春秋digitalを開始してnoteの方々と共に働くことになり、デジタルでの見せ方の工夫や有料会員の獲得手法、システムの改修など様々な施策を講じてもらって、それなりに順調に有料会員数が増えてきました。

島田真氏 文藝春秋 執行役員 文藝春秋編集局長
島田真氏 文藝春秋 執行役員 文藝春秋編集局長
1987年4月に文藝春秋に入社。営業局、「週刊文春」編集部、「オール讀物」編集部を経て、1999年「週刊文春」特集班デスク、2004年、月刊「文藝春秋」デスクに。2008年、「週刊文春」編集長、2012年に月刊「文藝春秋」編集長に就任。2015年、文藝出版局次長、2018年にノンフィクション編集局次長。2020年8月より現職(写真:日経クロステック)
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 そういう状況を見て、文藝春秋digital以外の部門からも「何かnoteと一緒にできないか」という相談が村井の元に入るようになりました。最初は小説などを担当する文芸部門でした。相談するなかで、小説に関連するイベントや、村上春樹さんの小説に対する読書感想文コンテストを開催しました。その後も、広告部門など他部門から相談がくるようになりました。

 noteと一緒に仕事をしてみて、みんなその潜在能力に感心していたんです。デジタルの知見に加えて、イベントでの動画配信や編集などのクオリティーもスピードもレベルが非常に高かった。「もう少し深く付き合いたい」。少なくない社員がこう感じていたんじゃないでしょうか。

 もう1つ、これは私が個人的に考えていることです。当社もデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めています。「文春オンライン」が順調に成長しており、その点ではデジタル化に成功しているとも言えますが、まだまだ全社的にDXが広がっているかというと、そうじゃない。もう1歩進めるには、外部の力を借りながら社内の意識を変えることが必要なんじゃないかと考えていました。

村井弦「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャー(以下、村井) 私は文藝春秋digitalの事業を通して、noteの加藤さんと話す機会が多く、2020年春ごろに雑談として「今は1つの雑誌としての利用だけど、社と社の関係になれたらいいですね」という話をしていたんです。その中で、人事の交流などをアイデアベースでは挙げていました。そもそも会社の創立理念が似ていて、目指している世界も近い。流れの中で、資本関係になるという手もあるだろうな、と。

村井弦氏 「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャー
村井弦氏 「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャー
2011年4月に文藝春秋に入社。「週刊文春」編集部に配属。全聾(ぜんろう)の作曲家ともてはやされた佐村河内守にゴーストライターがいたことを暴いた「全聾の作曲家はペテン師だった!」などの記事を担当した。2015年7月、「文藝春秋」編集部。「許永中の告白『イトマン事件の真実』」、「自殺・近畿財務局職員父親の慟哭手記 息子は改ざんを許せなかった」などの記事を担当。2019年7月から現職(写真:日経クロステック)
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それで島田さんに提案したのですね。島田さんはどう受け止めましたか?