毎年ノーベル物理学賞候補として期待を集める日本発の技術がある。300億年にわずか1秒程度しかずれないという超高精度の「光格子時計」だ。光格子時計のインパクトは、次の1秒の基準を決める有力方式であるばかりではない。精度の高さによって、私たちが生活する日常空間の時間の流れが一様ではないことを測れるようになってきた。光格子時計は、かつて世界の見方を変えた、望遠鏡や顕微鏡の発明に匹敵する社会的なインパクトをもたらすかもしれない(図1)。
「光格子時計は、時間に対する望遠鏡・顕微鏡のような存在になるかもしれない」。光格子時計の発明者である東京大学の香取秀俊教授はこのように語る。
アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論によれば、重力の影響が大きければ大きいほど、時間の流れは遅くなる。理論的には上空よりも地上の方が地球の重力が強いため、地上の方が時間もごくわずかだがゆっくり進む。
だが現在、1秒の基準を決めているセシウムを用いた原子時計の精度では、こうした日常生活における重力による時間の流れの差を測ることが難しい。セシウムを用いた原子時計は現在、3000万年に1秒の誤差が生じる程度という10のマイナス15乗の精度を持つ。この精度の場合、十数メートルという高低差があって初めて重力によるわずかな時間の流れの違いを観測できるという。
香取教授が発明した光格子時計は、時計の精度を実に10のマイナス18乗、300億年に1秒程度の誤差が生じる程度まで高めた。ここまで高い精度となったことで、日常生活のわずか数センチの高低差であっても、重力による時間の流れの違いを観測できるようになった(図2)。
例えば、香取教授らが実施した2020年の光格子時計の実験では、日常空間が重力によってゆがんでいることを実際に計測してみせた。東京スカイツリーの地上450メートルの展望台と地上階それぞれに光格子時計を設置。展望台では地上階と比べて1日当たり4ナノ秒時間が早く進んでいることが分かった。光格子時計がもたらした超高精度によって、時計は単に時を刻む役割を超えた、時空間のゆがみを観測するという新たな役割も果たすようになるわけだ。