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 各国のリーダーが2030~2035年にエンジン車販売禁止宣言を表明している。多くのメディアが報じていることから、世間的にも注目度の高いニュースであることが分かる。筆者にも企業や地方自治体からの問い合わせが相次いでいる。

 だが、筆者には疑問に感じる点がある。「技術の現実」を無視した各国政府の表明を、まるで「既定路線」であるかのようにメディアが伝えていることだ。その方向で本当によいか否かの検証や批判、批評といったものがほとんど見当たらない。

 筆者の主張を結論から言えば、技術的な根拠を基にした議論がないまま針路を決めれば、「技術立国日本」は弱体化してしまう。技術を正しく理解できないリーダーやメディアに任せていてはいけない。有識者を集め、最も効果的な施策を打つべきである。

主要国が打ち出したエンジン車の販売禁止表明
主要国が打ち出したエンジン車の販売禁止表明
(出所:日経クロステック)
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負担を自動車企業だけに押し付けるな

 エンジン車の販売禁止宣言は、ドイツやフランス、英国、米国カリフォルニア州、中国など世界の主要各国が打ち出している。2019年に開催された国連気候行動サミットが掲げた「2030年に二酸化炭素(CO2)45%減、2050年にCO2ゼロ」という目標を受けた表明だが、G7(主要7カ国)のうち日本と米国はコミットしていなかった。ところが、バイデン政権が誕生して米国がコミットすると日本だけが取り残される。それに焦ったのか、菅義偉政権は「2050年カーボンニュートラル(炭素中立)」を宣言し、2030年代半ばのエンジン車販売禁止を表明した。

 経緯から見て、日本政府や経済産業省に独自の考えやきっちりとした道筋があるとは思えない。他国も似たようなものだ。これでは「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と批判されても仕方がないだろう。

 なぜなら、こうした表明に対して実際に動くのは、国ではなく自動車メーカーをはじめとした自動車業界だからだ。とんでもなく大きなプレッシャーを生み出し、それをほぼ一方的にメーカー側に押し付けた形である。

ガソリンエンジンの生産ライン
ガソリンエンジンの生産ライン
マツダの工場。圧縮着火による希薄燃焼を実現した「SKYACTIV-X」が量産されている。(出所:日経クロステック)
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水素社会の実現に向けて国は何をしたのか

 水素産業の創出が典型例だ。燃料電池車(FCV)の開発を必死で進めているのは自動車メーカーで、水素スタンドの設置に頑張っているのは岩谷産業など。ところが、国は「水素社会の実現」と言うだけで、ほとんど何もしていないというのが現状だ。

 一方で、電力部門を見てほしい。再生可能エネルギーの比率はG7中でワースト1位。新興国にも後れを取り、石炭火力発電の割合は30%を超えている。「2030年エネルギー基本政策」についても、お粗末なものだ。とても先進国の戦略とは思えない。各国からの非難を受けて渋々見直す動きはあるものの、自動車に対する表明とはプレッシャーの大きさに雲泥の差がある。

 理由は簡単だ。「電力行政」と揶揄(やゆ)されることから分かる通り、電力部門は国が関わっているからだ。自身(国)が責任を負うものは非難が出るまで先延ばしにし、メーカー主導のものに対しては相談なく無理難題を言ってくる。これが日本の行政の実態だ。英国とカリフォルニア州はさらにひどい。

 英国のジョンソン政権は大丈夫だろうか。ブレグジット(欧州連合からの離脱)で自国の自動車産業が壊滅的な影響を受ける可能性がある中、2030年にエンジン車の販売を停止すれば、多くの英国民がクルマを購入できなくなる恐れがある。カリフォルニア州の知事は、果たしてユーザー(自動車オーナー)を見ているのだろうか。比較的リーズナブルなエンジン車や優れた環境性能を有するハイブリッド車(HEV)を冷遇し、地元の産業振興というわけか、税金を湯水のごとく米Tesla(テスラ)に投入している。

 無論、CO2削減はマスト(必須)だ。待ったなしで進めなければならない。ただし、それを実現する道筋をつけるのが政府の仕事であり、それを推進するのが民間であることを理解してほしい。

岩谷産業の水素ステーション
岩谷産業の水素ステーション
東京・港区にあるイワタニ水素ステーション芝公園。(出所:日経クロステック)
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