全5672文字
PR

 2050年カーボンニュートラル(炭素中立)時代に突入し、世界で電気自動車(EV)シフトの動きが活発化している。中国や欧州でもEVの販売台数が増えており、EV専業メーカーである米Tesla(テスラ)は2020年の販売台数を約50万台と、前年度に対して36%も増やした。世界各国が打ち出したエンジン車の販売を禁止する宣言もEV普及を後押しする。一方で、EVブームは過去に何度も膨らんでははじけている。今度こそ、EVシフトは本物か。トヨタ自動車でエンジンの開発を手掛けた後、環境負荷軽減を踏まえた次世代車のロードマップの作成にも携わった愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)の藤村俊夫氏に聞いた。自動車業界以外の人にも分かりやすく解説する。

世界で新車販売に対してエンジン車の販売禁止(以下、エンジン車廃止)の動きが見られます。これをどう捉えますか。

藤村氏:2015年に発覚した「ディーゼルゲート」事件、すなわちドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)によるディーゼルエンジン車の排出ガス不正問題の反動が大きいと感じます。この問題で、ディーゼルエンジン車だけではなく、ガソリンエンジン車を含めて「エンジン車は環境に良くない」というイメージが欧州市場に広まりました。そこで、ドイツが2030年、フランスと英国が2040年のエンジン車廃止を打ち出しました。

VWのディーゼルゲート事件
VWのディーゼルゲート事件
ドイツVolkswagen(VW)が2007年に量産を開始した排気量2.0Lの4気筒ディーゼルエンジン「EA189」のエンジン制御システムに、米国環境保護庁(EPA)の排出規制を不正に回避するソフトウエア「ディフィートデバイス(無効化装置)」が含まれていた。試験中は窒素酸化物(NOx)排出量を規制値以下に低減し、通常走行時には規制値の10~40倍のNOxを排出していたことが発覚した。発覚直後、当時VWの最高経営責任者(CEO)だったMartin Winterkorn氏が辞任した。(出所:2015年9月22日付日本経済新聞、写真:VW)
[画像のクリックで拡大表示]

 ここに、2019年に開催された国連気候行動サミットの表明が拍車をかけました。「2030年に二酸化炭素(CO2)45%減、2050年にCO2ゼロ」という目標です。これに慌てたのか、英国がエンジン車廃止を2030年に前倒しし、2035年にはハイブリッド車(HEV)を廃止することまで打ち出しました。HEVはエンジンとモーターの2つを駆動源として搭載しています。そのため、「エンジン車の一部」と見たのでしょう。加えて、米国のカリフォルニア州は2035年にエンジン車廃止を表明。こうした動きを見て、世界に後れを取っていると焦った日本が2030年半ばにエンジン車廃止を宣言したというわけです。

規制が緩いままではCO2は減らない

CO2を本気で削減しなければならないという各国の強い意志にも感じます。

藤村氏:本当にそうでしょうか。ではなぜ、各国の燃費規制・CO2規制(以下、CO2規制)は緩いままなのでしょうか。メディアを含めて多くの人が誤解しているようですが、エンジン車廃止表明は各国の政府や州(知事)の「要請」や「希望」にすぎません。本気でCO2を削減したいのであれば、CO2規制を現行の水準からもっと強化すべきです。

 エンジン車かHEVか電気自動車(EV)かといったパワートレーン(動力伝達装置)の話は、本来主眼ではありません。真の狙いはCO2を削減することです。非常に分かりやすい例えを出すと、カーボンフリー(脱炭素)である水素を燃料としてエンジン車に使えば、水素が燃焼で酸化してもCO2は排出されません。この場合、CO2を排出していないエンジン車なのに、販売を一方的に禁じるのが正しいことだと言えるでしょうか。

 達成できなければ罰金の支払いを余儀なくされるといった強制力を持つCO2規制に言及しないまま、「エンジン車廃止」と威勢のよいことをいうのは、政治的パフォーマンスにも聞こえます。CO2の削減には、パワートレーンの電動化以外にも発電におけるエネルギー構成の見直しやカーボンニュートラル燃料の開発などさまざまな方法があります。にもかかわらず、「エンジン車は販売を禁じる」「これからはEVだ」などと声高に叫ぶのは、政治家としての指導力をアピールしやすいからでしょう。「排気管が付いていないEVはCO2が出なくて環境に優しい」という世間一般のイメージに乗せるためです。これでは選挙のための人気取りと言われても仕方がありません。

 実際、EVは世間一般に思われているほどクリーンではありません。確かに、EVは走行中のCO2排出量はゼロです。しかし、最近は徐々に知られてきているようですが、電気で走るといっても現在の日本のように石炭火力発電の割合が大きい国や地域では、エネルギーを得る際にCO2を大量にまき散らしてしまいます。最近では、クルマを製造から廃棄するまでのトータル(ライフサイクルアセスメント、Life Cycle Assessment:LCA)のCO2まできちんとカウントしようという動きも出てきました。EVは電池製造時のCO2の排出がかなり多いのです。技術的な根拠を基に判断しないと、CO2排出量を減らすどころかむしろ増やしかねないという、間違った方向に進んでしまいます。

世界各国におけるEVの油田からタイヤを駆動するまで(Well to Wheel:WtW)のCO<sub>2</sub>排出量
世界各国におけるEVの油田からタイヤを駆動するまで(Well to Wheel:WtW)のCO2排出量
2018年時点のデータ。1km当たりのCO2のg数で見た。中国やインド、日本ではCO2の排出量がHEVを大きく超える。欧米でもそうした国がある。EVは必ずしも環境に良いとは言えないことが分かる。(出所:藤村氏)
[画像のクリックで拡大表示]

一般の人たちに技術を理解してもらうのは大変なので、シンプルに伝わるエンジン車廃止やEV推奨という言葉を使う傾向があるということですね。

藤村氏:そう思います。ただし、自動車メーカーにも反省すべき点があります。VWのディーゼルゲート事件の例から分かる通り、CO2や排出ガスの規制に関しては、インチキをする会社があるからです。ユーザーのほとんどはクルマを使用中の排出ガスの成分を見分けられないので、自動車メーカーが排出ガスの試験で不正を働いてもそれを見抜くことができません。

 そのため、政治家からすれば、「CO2規制を厳しくしても、自動車メーカーが不正をしたら大気中のCO2は一向に減らないじゃないか。だったらEVだ」と言いたくもなるでしょう。なぜなら、排出ガスの出ないEVなら、そもそも試験で不正をしようがないからです。

 こんなことでは、真面目に各種規制対応に取り組んでいる自動車メーカーが“損”をするという、おかしなことになってしまいます。