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 原発の「廃炉」と聞いて、福島第1原子力発電所の事故を思い出す人は多いだろう。2021年3月11日は、未曽有の原子力災害から10年を迎える節目だ。福島第1原発の廃炉が完了するのは、あと20~30年後とされる。政府の試算によると、廃炉の総費用は約8兆円。今、その工程はゆっくりと着実に歩みを進めている。

 例えば、2022年中にはいよいよ、原子炉内で溶けた燃料デブリの初めての取り出しが2号機で始まる。これに先立ち、2021年2月末には3号機燃料プールから使用済み燃料の回収が完了している。

図1 廃炉措置が進む福島第1原子力発電所
図1 廃炉措置が進む福島第1原子力発電所
写真は3号機の原子炉建屋。左は震災直後、右は2018年2月に撮影。(出所:東京電力ホールディングス)
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 ただし、炉心溶融と水素爆発が起きた福島第1原発の廃炉作業はむしろ特殊な事例だ。原発の運転期間は、法令によって40年が上限と決められている*1。2021年2月時点で、全国の電力会社は建設中も含めて合計60基の原子炉を抱えている。このうち、廃炉が決まっているのは24基。今後、全国の原発は次々と解体を迎える。

 つまり廃炉そのものは全ての原発がいずれ迎える共通の課題である。ではそもそも、「通常の廃炉」とはどのようなものなのだろうか。

*1 2012年に「原子炉等規制法」が改正され、原発の運転期間は原則40年とされた。ただし、例外規定として20年を上限に1度だけ期間延長を申請できる。

国内で唯一、廃炉が完了した発電用原子炉

 過去に目を向けると、国内に1基だけ「通常の廃炉」を終えた先行事例がある。日本原子力研究所(現在の日本原子力研究開発機構:JAEA)の動力試験炉「JPDR(Japan Power Demonstration Reactor)」(茨城県東海村)である。1963年に日本初の発電用原子炉として稼働した後、13年後の1976年に運転を終えた。今から25年前の1996年に廃止措置が終わり、更地になっている。

図2 動力試験炉「JPDR(Japan Power Demonstration Reactor)」
図2 動力試験炉「JPDR(Japan Power Demonstration Reactor)」
原子炉の方式は沸騰水型(BWR)。ドーム状に見える建物が原子炉格納容器にあたる。撮影は1986年ごろ。(出所:日本原子力研究開発機構)
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図3 JPDRの跡地
図3 JPDRの跡地
原子炉格納容器をはじめ、ほとんどの建物は取り壊されて更地になった。現在は建設残土の仮置き場になっている。撮影は2021年2月。(出所:日本原子力研究開発機構)
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 試験炉であるJPDRの定格出力は1万2500kWで、これは現在の商用原発(1基あたり100万kW程度)と比べると小規模である。圧力容器の大きさはおよそ高さ8×直径2mの円筒形。材質は、ステンレス鋼を内張りした炭素鋼製であった。その圧力容器も解体され、今ではかつて炉心だった場所に立ち入ることができる。

 「更地になったとはいえ、地表から1mの地中には、建物の基礎といったコンクリート製の構造物が残っている場所はある」。かつてJPDRの廃炉に携わった経験のある、JAEA原子力科学研究所バックエンド技術部部長の小澤一茂氏は、正確を期してこう説明する。とはいえ、10年以上にわたって原子炉が稼働していた場所が、その影響を特段配慮する必要なく再利用できる土地に生まれ変わっているのは事実だ。

図4 JPDRの原子炉圧力容器があった場所
図4 JPDRの原子炉圧力容器があった場所
炉心だった場所も更地になり、今はブロックで囲った目印がかつての位置を示している。撮影は2021年2月。(出所:日本原子力研究開発機構)
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