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 石油産業が揺れている。新型コロナウイルス感染症による移動の停滞で燃料需要は縮小し、政府が示した2050年までの「カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量の実質ゼロ)」宣言が二酸化炭素(CO2)排出量の多い同産業に追い打ちをかける。そんな逆風を追い風に変えようと、環境技術の研究開発に注力するのが石油元売り国内最大手のENEOS(旧JXTGエネルギー)だ。執行役員中央技術研究所長の藤山優一郎氏は「再エネ合成燃料」に活路を見いだす。連結売上高10兆円超(21年3月期は7.5兆円予想)の巨体は変われるか――。

(聞き手は窪野 薫=日経クロステック)

藤山 優一郎(ふじやま・ゆういちろう)。1966年生まれ。兵庫県出身。1990年に東京工業大学大学院総合理工学研究科修了後、日本石油(現ENEOS)入社。2010年に鹿児島大学工学部社会人博士課程修了。2014年中央技術研究所燃料研究所長兼製造部副部長を経て、2016年に中央技術研究所長。2017年より現職の執行役員中央技術研究所長。企業統合などによる途中の社名変更は省略。(出所:ENEOS)
藤山 優一郎(ふじやま・ゆういちろう)。1966年生まれ。兵庫県出身。1990年に東京工業大学大学院総合理工学研究科修了後、日本石油(現ENEOS)入社。2010年に鹿児島大学工学部社会人博士課程修了。2014年中央技術研究所燃料研究所長兼製造部副部長を経て、2016年に中央技術研究所長。2017年より現職の執行役員中央技術研究所長。企業統合などによる途中の社名変更は省略。(出所:ENEOS)
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社会情勢の激変はENEOSの研究開発にどう影響を与えているか。

藤山氏 菅義偉首相が2020年10月に発したカーボンニュートラル宣言のインパクトは大きく、石油を扱う当社は厳しい立場に立たされたことは間違いない。ただ、石油需要の縮小は以前から予測していたことであり、その穴を埋めるべく積極的な研究開発はこれまでも続けてきた。今こそ危機を好機に変えるときだと捉えている。

 具体的には、[1]低炭素、[2]デジタル、[3]ケミカル(化学製品)、[4]リサイクル、という4つの重点領域を設定して研究開発に臨んでいる。特に、低炭素とデジタルの2領域で当社は競争優位性があると考える。

 カーボンニュートラル宣言を受けて研究開発日程の大幅な前倒しを迫られている。実際、20年スパンで実現を見据えていた次世代燃料は「もっと早く欲しい」という要望が多方面から届いており、10年ほど実用化を前倒しできるように急ぐ。

 ENEOSグループは2020~2022年度の累計設備投資額1兆5000億円のうち、次世代型のエネルギー供給・地域サービス、環境対応型事業などに4000億円を投じる。研究開発費はこれまでにグループ全体で年間200億円規模を投じてきている。

 次世代燃料の懸念は以前より燃料需要の見通しが立ちにくくなったこと。これまで、乗員が100人を超える航空機は機体の質量や体積の関係から電動化が難しく、燃料会社としては脱炭素化に商機があると思われてきた。

 しかし、新型コロナの影響による足元の航空需要の縮小で排出CO2は大幅に減っている。開発した燃料が本当に大量消費されるか分からず、研究成果をどの時期に実証して商用化に移行すべきかの判断が難しくなった。

温暖化ガスを排出するエンジン燃料は社会の風当たりが強い。脱炭素に向けて今後どの燃料開発に注力する考えか。

藤山氏 再生可能エネルギー(以下、再エネ)をもとにつくる再エネ合成燃料の研究開発を加速している。太陽光や風力で発電した電気で水を電気分解し、水素(H2)と酸素(O2)を得る。分解したH2と火力発電所などで排出したCO2の触媒反応でハイドロカーボン(HC)を合成。エンジン燃料などに活用するものだ。原料にCO2を活用するため、燃焼時に排出するCO2はニュートラル(中立)として扱える。

ENEOSの再エネ合成燃料(出所:ENEOS)
ENEOSの再エネ合成燃料(出所:ENEOS)
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 2030~2040年の商用化・規格認定を目指して実証を進める。2025年以降に海外産の再エネを活用して日産最大100バレル(1万5900L)を製造可能な体制を整え、2030年以降に同1万バレル(159万L)の製造を可能にしたい。

 再エネ合成燃料が市場投入される初期段階ではガソリン燃料やディーゼル燃料に混合して使うことになるだろう。合成過程でオクタン価や蒸気圧を調整すれば再エネ合成燃料100%でもエンジンを問題なく動かせる。実用化に向けて使用配分を検討していく。

 環境性の高さに加えて貯蔵性や輸送性に優れる。再エネは季節や天候によって発電量が変動するため、電力供給の平準化に貯蔵は不可欠だ。蓄電池では数日単位の貯蔵が限度であるが、電気から水素エネルギーに変換すれば最長で数年単位までためられ、同時に輸送もしやすくなる。必要な場所まで運んで必要なタイミングで使える。

 現状、欧州を中心に自動車メーカーも同燃料の研究開発に取り組むが、当社とは競争関係ではなく協力関係になっていくと考える。燃料を大量生産して供給するのは燃料会社の役目だ。研究開発が進めば、従来のガソリン燃料やディーゼル燃料のように、共同開発の土俵に持っていけるだろう。

次世代燃料には共通してコストの課題が存在する。

藤山氏 その通りコストは大きな課題だ。地球が数億年かけてつくった石油に比べ、再エネ合成燃料は製造に人間が手間をかける必要がありコストは高い。当社もコスト削減は進めるが、2030~2040年の商用化時にガソリン燃料やディーゼル燃料よりも安価にできるめどは立っていない(編集部注:欧州の再エネ合成燃料は現状500円/L前後とみられるが、日本では再エネ電気の価格が高く欧州品よりも高価になる)。

 もっとも、航空会社からは「価格が高くてもよいから供給してほしい」という声が出ている。一方で、クルマのような一般消費者向けは難しい面もある。環境に良いからといって、既存燃料より高くても購入してもらえるかどうか。一般消費者に価格負担を強いない政策誘導が必要になるだろう。

 再エネ合成燃料のコスト構造を見ると大部分をH2が占めている。すなわち、H2を得るための水の分解に使う電気代ということになる。再エネ電気をどれだけ安価に調達できるかが同燃料の普及を左右する。

 当社としては1kWh当たり2円以下での調達を目指したい。再エネの電気料金は足元で12~13円/kWh。目指すべき価格とはまだ乖離(かいり)が大きいが、2030年代には安価な電気を調達し、既存の石油系燃料との価格差を埋める。