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 クルマの電動化が加速する中で、不安を抱えているのが電池だ。特に気になるのが、「なぜ電気自動車(EV)の発火事故が頻発しているのか」と「日本の電池産業は海外勢に敗れて衰退するのか」という点。この2つの疑問を韓国の大手電池メーカーSamsung SDI(サムスンSDI)で常務を務めた経験を持つ佐藤登氏(名古屋大学未来社会創造機構客員教授)にぶつけ、日本の電池産業への「処方箋」を探った。

EVの発火事故が相次いでいる。韓国LG Energy Solution(LGエナジーソリューション)の電池を搭載した韓国Hyundai Motor(現代自動車)や米GMのEVはリコール対応に追われ、米Tesla(テスラ)や中国メーカーのEVも車両火災が目立つ。安全を最優先すべき自動車で、なぜ電池の発火が増えているのか。

 電池の“死に際”をきちんと理解せずにEVを設計したのが原因だろう。詳しくは後で説明するが、電池に対する考え方の違いが、車両火災というかたちで出てきているのだと思う。

 過去を振り返っておくと、リチウムイオン電池を搭載したEVが市場に出始めた2010年以降、中国のEVは発火が頻発している。米Tesla(テスラ)も13年から車両火災が断続的に発生している。

 韓国製の電池を搭載する電動車両の火災は、19年ごろから不気味なほど増えてきた。現代自動車のEV「Kona Electric」を主体に、これまでに8万台超がリコールの対象となった。Kona Electricと同じくLGエナジーソリューションの電池を採用したGMの小型EV「Chevrolet Bolt EV」も20年11月に約6万9000台のリコールを発表している。

現代自動車のEV「Kona Electric」
現代自動車のEV「Kona Electric」
充電中の火災発生が相次ぐ。(出所:現代自動車)
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 サムスンSDIの電池を搭載する電動車両も不具合が増えている。ドイツBMWと米Ford Motor(フォード)のプラグインハイブリッド車(PHEV)は、20年夏以降にリコールを決めた。

 欧米や中国、韓国の電動車両で問題が頻発している一方で、日本の自動車メーカーは発火事故を起こしていない。冒頭で“死に際”と言ったが、具体的には車載電池の信頼性に対する開発姿勢や試験方法が大きく異なるのだ。

 私がかつて所属したホンダを含め、日本の自動車メーカーは「限界試験」を欠かさずやってきた。例えば、限界まで過充電させて、どの段階で電池が発煙・発火するかを必ず見極める開発などだ。細かい試験方法は各社各様だが、どのような条件になったらどういう状態で電池が死ぬ(不具合を起こす)かをきちんと把握している。自動車メーカーと付き合う日系電池メーカーも、その基準を満足するよう手を抜かず取り組んできた。

佐藤 登(さとう・のぼる)氏
佐藤 登(さとう・のぼる)氏
名古屋大学未来社会創造機構客員教授、エスペック上席顧問
1978年ホンダ入社。自動車の腐食防食技術の開発に従事した後、90年本田技術研究所基礎研究部門へ異動。91年EV用の電池研究開発部門を築く。チーフエンジニアであった04年にサムスンSDIに常務として移籍。中央研究所と経営戦略部門で技術経営を担当、12年退社。13年より現職。(撮影:日経Automotive)
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 一方の海外の自動車メーカーは、「充電率(SOC:State Of Charge)が140%の過充電状態でも問題なきこと」などと社内基準を設定している場合が多かった。電池メーカーもこの基準を満たせばいいとの認識に留まった。「最優先課題はコスト」という電池業界の認識の中で、日本の自動車メーカーが課す限界試験まで自主的に取り組む海外電池メーカーはいなかった。独自で限界試験を自主的に進めるのは手間が増えるだけだとの考えだ。

 だが、火災事故の多発を受けて、限界試験を要求・実施する海外の自動車メーカーが増えてきた。安全とコストのバランスが変わり始めており、信頼性への高い要求に応え続けてきた日本の電池メーカーには追い風が吹こうとしている。

確かに「火災事故ゼロ」の実績は大きい。それでも日本の電池は高い。高コストの電池を海外の自動車メーカーが買ってくれるとは思えない。日本の電池産業は「技術が優れていれば売れる」という幻想から目覚めないと、他の製造業と同様に海外勢に敗れて衰退してしまうのではないか。

 今が、電池業界で日本の地位を復権させる最後のチャンスと言っていいだろう。火災事故を起こしていないという事実はもっと訴求すべきだが、価格低減に向けた電池開発も避けて通ることはできない。