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 タイヤ業界にカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)の波が押し寄せている。ブリヂストンは2020年末、事業活動で排出する二酸化炭素(CO2)を30年に11年比で半減させるという目標を明らかにし、同30%減だった従来目標から削減幅を拡大した。世界シェア首位を争うフランスMichelin(ミシュラン)も同じく30年のCO2排出量半減を目指して環境技術への投資を加速する。「脱炭素タイヤ」に向けた競争が始まった。

 ブリヂストンGlobal CEO(最高経営責任者)の石橋秀一氏は2020年末、カーボンニュートラルへの取り組み強化を表明。同社の公開資料によると、基準年(2011年)のCO2排出量は年間約450万t(トン)。これを30年に半減させて225万t前後とし、50年にはカーボンニュートラル化を目指す。政府目標(30年に46%減、50年にカーボンニュートラル達成)と足並みをそろえた環境対応戦略をとる。Michelinも50年までのカーボンニュートラル化を表明している。

ブリヂストンの石橋秀一Global CEO(最高経営責任者)
ブリヂストンの石橋秀一Global CEO(最高経営責任者)
(撮影:日経クロステック)
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ブリヂストンのCO<sub>2</sub>排出量削減計画
ブリヂストンのCO2排出量削減計画
同社は30年に11年比でCO2排出量を半減させる。(出所:ブリヂストン)
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 同社が算出するCO2排出量には、工場や施設から出る直接的なものに加えて、エネルギー使用に伴う間接的なものも含む。

 工場や施設の脱炭素化では、同社は既にエネルギー効率を重視した生産現場の改善活動、拠点再編や事業再編を進めているという。また、再生可能エネルギー(再エネ)電力の利用拡大にも注力する。特にスペイン4工場、ポーランド2工場、ハンガリー1工場で再エネ電力比率100%を達成するなど、同社の欧州連合(EU)域内拠点の再エネ電力比率は80%以上だ。

 EU域内の拠点に追随するように他地域での再エネ電力比率も高めていく。「グリーンエネルギーの調達などについて様々なパートナーと相談を開始している」(石橋氏)。再エネ電力を安価に調達しやすいEU域内と違い、価格が高い地域では自社発電も試みる。中国・無錫工場では発電出力3MW級の太陽光発電設備を導入済み。インド・プネ工場でも同1MW級を工場の屋根に適用している。

 今後は、事業活動の上流(原材料)や下流(利用、廃棄など)も含んだライフサイクル全体でCO2排出量削減、いわゆる「Scope3」での取り組みも強化していく。30年の目標として、20年の事業活動(「Scope1」「Scope2」)で排出したCO2の5倍以上、すなわち年間約1700万t以上の削減を掲げている。

 つまり、どれだけCO2排出を抑えてタイヤを造り供給しようとも、利用や廃棄に際にCO2を大量に発生させるようでは目標を達成できない。

 既に利用時の脱炭素化に向けた取り組みの1つとして、転がり抵抗値を下げて燃料消費量(使用時のCO2排出量)を減らす低燃費タイヤなどは提供しているが、ライフサイクルでCO2排出量を評価する「LCA(Life Cycle Assessment)」で検討した新たなタイヤも増やしていく方針だ。

持続可能材料比40%に

 ブリヂストンは製品製造時の投入材料に占めるリサイクル材料や再生可能材料の割合を30年までに40%へと高め、50年以降には100%にする目標を掲げる。最大の競合であるMichelinも同様の目標を設定しており、現状約30%の天然材料、リサイクル材料、持続可能な材料の比率を「50年までに100%にする」(同社)。

 タイヤは、天然ゴムや合成ゴム、カーボンブラックやシリカなどの補強材、加硫用の硫黄など、200種類以上の材料で製造している。中でも天然ゴムは質量比約30%、合成ゴムは同20%と比率が高い。

 ブリヂストンが注力するのが天然ゴムに対する保護や育成の技術である。天然ゴムは、パラゴムノキなどの樹木の抽出液から製造できる材料。樹木は成長過程でCO2を吸収するためカーボンニュートラルに貢献する有望な材料といえ、石油由来の分解物からつくる合成ゴムに比べて製造時のCO2排出量も数分の1だという(乗用車用タイヤ向けの場合)。

 ただ、天然ゴムには弱点もある。主原料のパラゴムノキは9割以上が東南アジアで生産している現状にあり、気候変動や病害によって天然ゴムの製造が一気に滞る可能性がある。そのため同社は、天然ゴムの基となるパラゴムノキ栽培量の減少を防ぐ技術、そして増加させる技術の開発を加速。さらに、別の植物を使った天然ゴム製造の実証も進めている。

 栽培量の減少を防ぐ技術としては、ドローンを活用した広域の病害診断を試験運用中だ。同社と電通国際情報サービスが協業して開発した。通常は樹木を1本ずつ目視で診断することが多いが、広大な農園になるほど全量診断が難しくなる。同技術では、ドローンで農園全体を空撮し、AI(人工知能)による画像診断で樹木の様子を分析。病害があると判断すれば、作業員の手元のタブレット端末に位置情報を送信して早期に処置を施す。

 栽培量を増加させる技術としては、30年間蓄積してきた天然ゴム農園の管理データをビッグデータとして分析する。統計数理研究所(東京都立川市)と共同開発した。植林年、区画、品種、ゴム収量といった情報の因果関係をアルゴリズム化して、農園1年間のゴム収量を高精度で予測するという。単位面積当たりの収量を向上しつつ、年ごとに平準化できれば、天然ゴムを安定的に調達できる。

 さらなるリスク分散を目指して、グアユールという植物からの天然ゴム製造にも取り組む。グアユールは、米国南西部からメキシコ北部にかけての乾燥地帯が原産の低木で、パラゴムノキとは異なる土地で栽培できる。パラゴムノキは幹を傷つけることで天然ゴムを含む抽出液を得るが、グアユールは植物を丸ごと収穫し、粉砕してゴム成分を絞るように抽出する。