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 カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)達成に向けて“夢の燃料”とも言われる水素(H2)を活用する動きが加速している。環境性に優れると期待がかかる一方で、製造・供給・利用のどれか一部でも整備が滞れば普及は望めない。このうち、供給網の整備を担う日本水素ステーションネットワーク〔JHyM(ジェイハイム)、東京・千代田〕社長の菅原英喜氏は、燃料電池車(FCV)の深刻な台数不足と車種不足を訴える。

(聞き手は窪野 薫、近岡 裕=日経クロステック)

* 日本水素ステーションネットワーク〔JHyM(ジェイハイム)〕とは、水素ステーション網の整備を担う合同会社。2018年2月に設立された。トヨタ自動車やホンダなどの自動車メーカーや、ENEOSや岩谷産業、日本エア・リキードなどのインフラ事業者、日本政策投資銀行や豊田通商といった金融投資家など、計25社・団体が参画する。本社は東京都千代田区。トヨタ出身の菅原英喜氏が社長を務める。

菅原 英喜(すがわら・ひでき)。1961年生まれ。東京都出身。84年に東京大学法学部卒業、トヨタ自動車入社。96年に総理府(現・内閣府)行政改革会議事務局出向を経て、2013年トヨタ社会貢献推進部長、16年東京総務部長、18年東京技術部主査。18年2月よりJHyM初代社長を務める。(撮影:日経クロステック)
菅原 英喜(すがわら・ひでき)。1961年生まれ。東京都出身。84年に東京大学法学部卒業、トヨタ自動車入社。96年に総理府(現・内閣府)行政改革会議事務局出向を経て、2013年トヨタ社会貢献推進部長、16年東京総務部長、18年東京技術部主査。18年2月よりJHyM初代社長を務める。(撮影:日経クロステック)
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足元の水素ステーションの設置状況を教えて下さい。

 まず、政府が掲げる水素ステーションの設置目標は2020年に160カ所、25年に320カ所、30年に900カ所です。ただ、インフラだけを整備しても仕方がありません。FCV普及との両輪を回していく必要があります。FCVの累計販売台数の目標は20年に4万台、25年に20万台、30年に80万台です。

 では、これら目標はクリアできるのか。国の認可ベースの水素ステーション数は20年度末で162カ所と、ロードマップ通り達成できました。一方で、今後は30年に向けて急上昇カーブを描かなくてはなりません。自動車メーカーやインフラ事業者と議論していますが、なかなか急速に増やしていくのは難しい。この点が水素社会実現への課題といえます。

 水素ステーションを増やしにくい理由は大きく2つあります。まず、FCVの台数が増えないこと。20年の目標累計販売である4万台に対し、実際には5000台規模と1割強にとどまっています。これでは、水素モビリティーの将来に不安が出てくる。インフラ事業者としても、投資の足が鈍ります。

 さらに、水素ステーションの建設・運営コストが想定より下がらないことも理由です。現在の水素ステーションの増え方ではなかなか量産効果が見いだせず、コスト削減効果が得られません。加えて、規制緩和が思ったよりも進まず、設備費、工事費、修繕費などが高止まりしていることが背景にあります。

 水素コスト(原価)については詳しくは把握できていませんが、現在は1200円/kgで販売しています。粗利を出すのが困難な状況と聞きます。売れば売るほど赤字では、将来のビジネスモデルも描けなくなります。

 当社が期待するのは、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」および今夏(21年夏)に見直される予定の「第6次エネルギー基本計画」です。

 脱炭素を目指した強力な政策支援がないと、水素ステーションへの投資意欲が萎(しぼ)んでしまうのではないかと危惧しています。支援があれば30年に900カ所という目標も視野に入ってくるはず。挑戦的な数値ではありますが、なんとか努力しなくてはなりません。

課題解決には何が必要でしょうか。

 水素利用の「可能性」を増やすことです。それにはFCVの台数・車種の増加が不可欠といえます。自動車メーカーからは「もうやれることは全部やった」との声が上がっています。

 今後、FCVをさらに普及させるには、米カリフォルニア州の「ZEV(Zero Emission Vehicle;ゼロエミッション車)規制」に倣えというわけではありませんが、例えば高速道路料金の優遇など、消費者がFCVを選びたくなる政策支援が必要でしょう。

 トヨタ自動車は20年12月に乗用FCVの2代目「MIRAI(ミライ)」を発売しました。6年ぶりの全面改良で、航続距離は先代比で3割向上させた850km(WLTCモード)を実現しています。ただ、ガソリンスタンド(給油所)の約3万カ所に比べれば水素ステーション数は2ケタ不足しており、利用者の不便・不安は簡単には取り払えません。それを上回るような取得・保有・走行に関するインセンティブを付与できればFCVが選択肢に挙がるはずです。

 FCVの車種拡充も不可欠です。車両バリエーションに乏しいという弱点をいち早く解消するために、人気の多目的スポーツ車(SUV)開発を自動車メーカーに望みます。

 現状はトヨタもホンダもセダンタイプのFCVですが、セダン市場の規模はそれほど大きくありません。MIRAIが売れれば、その代わりに「クラウン」の販売台数が落ちるなど、既存の限られた市場を争うことになります。従って、FCVで巨大なSUV市場に繰り出す必要があるのです。