2050年カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の達成には水素(H2)の有効活用が理想との見方は強い。ただ、実現には厳しさもある。政府は17年、世界に先駆けて「水素基本戦略」を策定したが、1カ所当たり4億円台に上る水素ステーションの建設費、さらに運営費という「コストの巨壁」が水素供給網の拡大を鈍らせている。打開策はあるのか。日本水素ステーションネットワーク〔JHyM(ジェイハイム)、東京・千代田〕*1社長の菅原英喜氏に聞いた。
(聞き手は窪野 薫、近岡 裕=日経クロステック)
ズバリ、水素ステーションの建設費は足元でどのくらいなのでしょうか。
1カ所当たり4億円台です。
内訳としては、水素圧縮機が0.6億円、蓄圧器が0.6億円、プレクーラー(冷媒製造設備)が0.2億円、ディスペンサー〔充填(てん)設備〕が0.2億円、その他工事費が1.7億円となっており、ここまでで計3.3億円です。
ただ、これは経済産業省が示した2019年の補助金対象部分のみ。この費用に加えて、水素ステーション事業者は自己負担でキャノピー(屋根)や障壁といった構造部を建てなくてはなりません。これには約1億円の追加費用が必要です。合計すると、建設費は4億円台に膨らみます。
水素ステーションはガソリンスタンド(給油所)とは異なり、700気圧(約70MPa)以上の高圧ガスを扱います。よって、圧力に対して高耐久で安全な設備でなければならない。特有の安全機能が必要になり、構成する素材も高価になるのです。
さらに注意すべきは、4億円台というのが標準規模の水素ステーションの建設費ということです。この規模での水素の充填は乗用燃料電池車(FCV)が主な対象であり、水素タンクの容量が大きい車両、例えばトラックやバスなど商用FCVへの安定的な充填は難しくなります。対応するには充填能力を高めなくてはならず、建設費はさらに膨らみます。
4億円台という建設費を今後どこまで下げられますか。
政府目標は、補助金の対象部分である3.3億円の建設費を25年に2億円へと抑えることです。つまり、補助金の対象外である屋根や障壁を含めたおおよその合計額は3億円となる計算です(19年比で約3割減)。
JHyMの事業者に話を聞くと「目標達成はなかなか難しい」という意見があります。しかし、水素ステーションの本格的な拡大は日本でも初の試みですから、まずは実践してみる。そして、その上で分かることも多いのです。今、本当の実力値がどのあたりなのかを皆で探っている段階です。
例えば、政府目標の中で調達コストの削減効果が大きいと踏む蓄圧器は、25年に0.1億円まで下がると見込んでいます。19年の0.6億円から約8割減という計算です。ただし、これはFCVが多く走り、水素ステーションの稼働率も高いという好条件を基にはじき出した数値と思われます。
もちろん、機器の調達価格は時間経過とともに下がってはいますが、機器と機器をつなぐ配管や接続部品には特殊な形状をした「一品物」を使うケースもあり、やはり量産効果を見いだすことに苦労しています。
建設費以外の部分はどう下げていきますか。
水素ステーションの運営費も下げる必要があります。これらは建設費とは別に、継続的にかかってくる費用であり、事業者の悩みの種になっています。
運営費の削減に向けて同業界が急ピッチで進めているのは、遠隔監視による「無人セルフ」充填です。20年の規制緩和によって無人セルフでの水素充填が可能になり、「有人セルフ」が限度の給油所よりも人手を減らせる可能性が高まりました。それほど政府が水素に力を入れているということでしょう。
先進的な事例では、産業ガス大手の日本エア・リキードが川崎市で運営している水素ステーションがあります。ここは、名古屋市から遠隔監視で運営しています。セルフ充填を行う顧客との相互通話は名古屋市から対応できますが、緊急時の「駆け付け要員」はどうしても必要です。同ステーションの場合は、隣接する拠点の要員が待機して万が一に備えています。