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 クルマにAR(拡張現実感)の本格適用が始まった。象徴的な例が、ドイツDaimler(ダイムラー)「Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)」ブランドの旗艦セダン「Sクラス」だ。2020年下期の全面改良に合わせて、運転者の視点から10m先に77インチ相当の映像を表示し、一部イラストの位置を道路や前方車両に合わせて制御できるHUD(ヘッド・アップ・ディスプレー)を搭載。現状の世界最高性能で“怪物級”といえる代物だ。実現技術を解き明かす。

ベンツ「Sクラス」が搭載するHUDの表示映像
運転者の視点から10m先に77インチ相当の映像を表示し、一部イラストの位置を道路や前方車両に合わせて制御する。(出所:メルセデス・ベンツ日本)

Sクラスの外観と内装
Sクラスの外観と内装
(a)車両外観、(b)内装とHUD表示部分のイメージ。(出所:メルセデス・ベンツ日本)
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 HUDは、主にステアリングホイール前方のインストルメントパネル(インパネ)部分に組み込む車載機器。車速や経路案内といった情報をイラストにして運転者の視点から数m先に虚像として映す。運転者は前方に向けた視線を動かすことなく必要な情報を得られるため、いわゆる「脇見運転」を減らせて安全性が高まる。

 SクラスはAR表示の適用でさらに安全な車両を目指した。例えば、経路案内の矢印を道路に重ねるように表示。運転者に次に取るべき操作を直感的に理解させる。また、前方車両の位置を示すイラストで追従機能の作動を分かりやすくする。

 SクラスのAR表示は一種の錯覚を利用している。表示距離は運転者の視点から10m先に固定して、イラストの大小を制御することで景色に重なっているかのように見せている。遠くは小さく、近くは大きく映すことで遠近感を生み出す。

 前方監視用のステレオカメラやミリ波レーダーで物体や道路の白線を検知して、対象物に合わせるようにイラストの大きさと位置を制御する。現状、運転者の視線をカメラで検知して表示を微調整するような仕組みは取り入れていない。

表示距離×画角が鍵に

 Sクラス向けのHUDは、世界シェア首位の日本精機が開発・供給している。AR表示の鍵は表示距離と画角にあり、これらを掛け合わせたものが最終的な表示サイズに相当する。表示距離を延ばせればそれだけ前方の景色にイラストを重ねやすくなる。運転者は目のピント調整が楽になる。画角を拡大すればイラストを広範囲に動かしやすい。

 これまで日本精機はDaimlerの多目的スポーツ車(SUV)「GLE」向けにもHUDを供給し、これが従来の上位モデルという位置付けだった。表示距離は運転者の視点から2.8mであり、今回の10mは距離を3倍超に延ばしたことになる。

Sクラスと「GLE」のHUD機構を比較
Sクラスと「GLE」のHUD機構を比較
(出所:日本精機)
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 日本精機執行役員HUD開発・設計本部本部長の山谷修一氏は「将来的には表示距離も可変して3次元的に見せたいが、現状は10m先に固定するのが最適解だ」と語る。

 画角も広げている。GLE向けのHUDの画角は左右9×上下3度だった。アイボックス(運転者から表示映像が片目で視認できる大きさ)は横135×縦55mm。表示距離2.8mを掛け合わせると18.6インチ相当のサイズ感になる。Sクラス向けのHUDは画角を左右10×上下5度に広げ、アイボックスを横142×縦128mmに拡大。10m先に77インチの大画面を広げる。