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VR研修、新型コロナ対策で実現加速

 三井住友海上はVRを使った研修の検討を2019年ごろから始めていた。同社はこれまでも自動車損害調査などの専門知識を持つ社員の高齢化が進んでいる対策として、若手を中心とした社員への技術伝承に取り組んできた。

 従来、技術伝承の手段は集合研修がメインだった。事故現場を再現可能にしていたり、事故車両を保管していたりする千葉県にある研修所に社員を集めて実施していた。しかし、担当社員が研修所に集まるのにコストがかかる他、「研修所で事故現場を再現し、そこで細かい調査ポイントを講師が伝えても、数十人も受講者がいると混み合うため、講師から離れた受講者は前がよく見えない」など研修の課題があった。

 「研修用のVR空間があればこうしたことをなくせて、受講者が公平に調査ポイントを理解できると考えて、VRを使った研修を検討するようになった」と阿部技術部長は説明する。事故現場の調査の研修では、360度カメラで撮影した画像をVR空間に展開。講師と受講者がその空間の中で研修を行うといったアイデアを温めていたという。

 VR研修の開発を本格化させたのは2020年夏だ。きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大だった。「事故現場や事故車両の調査を踏まえて適切に保険金を支払うという、保険会社としての使命がある。これを果たすためには、調査に携わる社員が実物や現場を見て学ぶのが不可欠。千葉県の研修所はこうした環境を整えていたが、新型コロナウイルス対策のため、受講者を集めることができなくなってしまった」と栗山チーム長は説明する。

 栗山チーム長によると特に若い社員にとって体験を基にした学びは重要だという。「こうした学びを、VRを駆使してなるべく早く得られるように、VR研修に関する開発をスタートさせた」と説明する。

研修に耐え得るよう事故車両をCGで再現

 開発プロジェクトではまずVR空間の設計と開発から始めた。「千葉研修所の代替環境としてどのようなVR空間を作るのか」「その空間の中に研修で利用するものをどう配置していくのか」といったことを検討して、実現させていった。

 特にこだわったのが、研修で利用する事故車両を、できるだけ忠実に3次元CG(コンピューターグラフィックス)で再現することだ。「実際の事故車両と、VR空間に配置するCGの自動車がかけ離れていると、リアリティーある研修ができない。忠実に再現することが鍵だった」と阿部技術部長は説明する。

 SynamonのITエンジニアの協力を得て、3次元CGによる事故車両の再現に取りかかった。まず三井住友海上が保有している事故車両をITエンジニアに実際に見てもらった。加えて車体各部の寸法や部品レイアウトなどがまとめられている自動車の仕様書もITエンジニアに提供。車の下回り、エンジンルームの中、部品形状など細かいところまでCGで再現してもらえるようにした。

自動車損害調査に関する研修用のVR空間に配置した自動車の3次元CG。部品形状など細かなところまで再現してある
自動車損害調査に関する研修用のVR空間に配置した自動車の3次元CG。部品形状など細かなところまで再現してある
(出所:三井住友海上火災保険)
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 その結果、「予想以上のCGに仕上げてもらえた。仕様書などを提供した後にできたCGを確認したところ大きな修正をする必要はなかった。実際の事故車両を見てもらったり、仕様書を確認しながらCGを開発してもらったりしたことがよかった」と阿部技術部長は振り返る。

リアルな研修と同じように研修ができる

 若手社員向けの研修を担当している南條友香損害サポート業務部ナレッジチーム主任は「これまでの研修では、実際の車両を使って、調査で必要になる部品に関する知識を覚えてもらうなどしていた。3次元CGでリアルに自動車の構造が再現されているので、VR空間でも従来と同じように研修ができる」と説明する。VR空間には事故車両に加えて、エンジンやサスペンションといった装置類だけの、車体を外した自動車の3次元CGも配置してある。

研修用のVR空間に配置した装置類だけの自動車の3次元CG。自動車の構造などを教えるときなどに役立てている
研修用のVR空間に配置した装置類だけの自動車の3次元CG。自動車の構造などを教えるときなどに役立てている
(出所:三井住友海上火災保険)
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 この他、仮想的なメジャーを使って車両にできたキズなどを測量できるようにしたり、エアバッグの展開なども再現していて車内の損害調査の仕方を学びやすくしたりしている。

 「VR空間には事故車両の他、スクーターの3次元モデルも用意しているので、様々な交通事故の様子を再現できるなど汎用性が高く、研修の幅が広げられそうだ」と阿部技術部長は期待する。調査記録を残すための損傷箇所の撮影も、仮想的に体験できるようにしている。