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 フッ素樹脂のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)は、非常にサラサラした触り心地の材料として知られている。主な応用例はフライパンの表面塗装。PTFEという材料が持つサラサラした特性が焦げ付きを防いでいる。

 表面がサラサラしているということは、裏を返せば他の材料と極めて接着しにくいことになる。PTFEの接着強度は、あらゆる材料に対してほぼ0N/mm。工業利用に当たっては、何らかの方法で接着強度を上げる必要がある。現在主流なのはナトリウム(Na)で表面加工を施して接合しやすくするというものだが、この手法には欠点がある。Naは劇薬のために環境負荷が高いうえ、PTFE本来の色である白色から黒色に変色させてしまうという問題がある。

 こうした中、Naを用いずにPTFEの接着強度を上げられる環境に優しい新手法が開発された。「熱アシストプラズマ処理」と呼ぶ技術で、大阪大学 大学院工学研究科 助教の大久保雄司氏が考案した。その名の通りPTFEに高電力のプラズマを照射して表面の基質を変化し、接着強度を上げるというものだ。

 プラズマ照射によってPTFEの接着強度が上がる理由はこうだ。そもそも物の接着は、物質の表面に存在する分子同士が引き合うことによって成される。PTFEの場合、表面エネルギーが非常に小さいCF2基が並んでいるために、この引き合う力が小さい。ところがプラズマを照射するとCF2基が脱フッ素化して、官能基になる。このことで他材料と相互作用しやすくなり、接着強度が上がる。

プラズマ照射で表面の化学組成が変化
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プラズマ照射で表面の化学組成が変化
プラズマ処理前後におけるPTFE表面の化学組成のX線光電子分光法スペクトル。プラズマを照射すると、表面のCF2分子が減少して、その他の官能基が増加する。(出所:大阪大学 大久保雄司氏)

 接着強度が改善するのには、もう1つ理由がある。プラズマの熱エネルギーによって表面硬度が上がることだ。たとえ表面に官能基が生成されて他の材料と結合しやすくなったとしても、表面がもろいと簡単に剥がれる。実際、低電力(7.4W/cm2、100度以下)のプラズマ照射では接着強度は低いままだ。一方の高電力(19.1W/cm2、200度以上)プラズマは、その熱がPTFE表面を平滑化するように作用するため、PTFEの表面硬度が上がり、剥がれにくくする。つまり、(1)表面の官能基生成と(2)表面硬度の増加(平滑化)の2つの要素で接着強度を上げている。

3パターンのプラズマ処理を実施
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3パターンのプラズマ処理を実施
低電力プラズマ照射と高電力プラズマ照射、低電力プラズマ照射と共にヒーターで加熱する3パターンの実験を実施した。低電力プラズマ処理では接着力が不振だったが、残りの2パターンは良好な接着力を示した。この結果から、プラズマ処理だけではなく、表面に熱を加えることも重要だと推定される。(出所:大阪大学 大久保雄司氏)

 この新技術によって、電子産業においてPTFEの活用がいっそう活発化する可能性が出てきた。特に期待されているのがプリント基板である。PTFEは比誘電率と誘電正接が極めて小さいため電気特性が良好であり、耐熱性にも優れている。回路基板の基材(誘電材料)に用いれば、非常に少ない伝送損失で信号を送ることができる。基板の伝送損失が問題になるのは、主にミリ波帯以上の高周波数帯である。具体的には、5G(第5世代移動通信システム)のミリ波帯通信やミリ波レーダーだ。現在でもミリ波レーダーのアンテナ付近の回路には、こうした理由からPTFEが使われている。

PTFEは比誘電率と誘電正接が共に低い
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PTFEは比誘電率と誘電正接が共に低い
PTFEとその他の樹脂材料の比誘電率と誘電正接をマッピングしたグラフ。現在の5G(第5世代移動通信システム)対応スマートフォンのアンテナ付近の回路に使われているのは、LCP(液晶ポリマー)を基材とした基板である。(出所:大阪大学 大久保雄司氏)