2021年7月14日、欧州連合(EU)の欧州委員会が二酸化炭素(CO2)を1990年と比較して2030年までに少なくとも55%削減する包括的な提案を発表。2035年にCO2を排出する内燃機関車(エンジン車)の販売を禁止する内容も含まれる。問題は、ハイブリッド車(HEV)も対象となると見られることだ。欧州でもHEVの販売が好調なトヨタ自動車にどのような影響を及ぼすのか。トヨタ自動車でエンジンの開発を手掛けた後、環境負荷軽減を踏まえた次世代車のロードマップの作成にも携わった愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)の藤村俊夫氏に聞いた(近岡 裕=日経クロステック)。
露骨な「トヨタ潰し」か
今回の欧州委員会の提案をどう見ますか。
藤村氏:日本の自動車業界に与える意味を率直に表現すれば、露骨な「HEV潰し」であり、もっと言えば「トヨタ潰し」と言えるだろう。HEVの排除を打ち出した米カリフォルニア州のZEV(Zero Emission Vehicle:無公害車)規制と同様だ。HEVを電動車の対象から外し、政策的に電気自動車(EV)の販売へと誘導する考えだ。
かつて欧州の自動車メーカーは、「クリーンディーゼル」という看板を掲げてディーゼルエンジン車を大量に販売していた。CO2をHEV並みに抑えることができる上に安価であるーーと。ところが、それは偽りだったことが、「ディーゼルゲート」事件、すなわちドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)によるディーゼルエンジン車の排出ガス不正問題の発覚でばれた。これにより、クリーン化の駒(車両)として彼らが推せるものはEVしかなくなったということだ。
HEVに関しては48VのマイルドHEVか、パラレル方式のHEVしか駒がない(後述)。いずれも、トヨタ自動車のシリーズ・パラレル方式のハイブリッドシステム「THSⅡ」を搭載したHEVに比べてCO2の削減効果は大きく見劣りする。現に、欧州ではトヨタ自動車などのHEVの人気が高い。
そこで、今度は「EVはHEVよりもクリーンだ」と、主に欧州市場の顧客に向けて欧州委員会は宣伝していると捉えるべきだろう。つまり、欧州の自動車メーカー保護の意味合いが強い。欧州委員会がこう宣言すれば、現在HEVの購入を検討している欧州市場の顧客の中に、「今後を考えるとやっぱりEVかな」と思う人が増える可能性がある。それが欧州委員会の狙いではないか。
少なくとも欧州市場は100%EVになるということでしょうか。
藤村氏:欧州委員会の狙いを「完全なEVシフト」と解釈するのは間違っていると思う。さすがにそこまで無謀ではないだろう。したたかな戦略がありそうだ。足元では、欧州の自動車メーカーが商品化できるHEV以外の環境車という意味で、EVを前面に押し出している。だが、EVには電池パッケージの価格の高さや充電時間の長さ、充電場所の少なさ、空調使用による航続距離の低下、電池の劣化といった、顧客に不便を強いるさまざまな課題があり、顧客が十分に付いてこない可能性がある。
加えて、EVが大量に増えた分に見合う再生可能電力を供給できるのか、2次電池の主要材料であるリチウムやコバルト、ニッケルといった希少金属(レアメタル)を調達できるのか、次世代の全固体電池の開発のめどがたっているのか、2次電池の製造時のCO2を削減できるのか、といった製造上の課題まである。
EVにはこうした課題があり、EVに傾注するのはリスクが大きいことを当然、欧州委員会が知らないわけはない。今回のようにEV推しの一方で、裏では欧州の自動車メーカーと歩調を合わせ、EVが想定とは違って売れなかった場合に備えて、水面下では並行して合成液体燃料(e-Fuel)やバイオ燃料といった「グリーン燃料」の開発も進めているはずだ。
EUの最終的な目標もCO2の削減である。グリーン燃料が実用可能になれば、当然だがエンジン車でも構わない。そうなれば、顧客の多くは課題の多いEVよりもエンジン車、あるいはHEVを選択するだろう。
今はなかなか表立っては言いにくいようだが、欧州の主要な自動車メーカー、中でもドイツの3大自動車メーカーである「Volkswagen(フォルクスワーゲン、VW)」「Daimler(ダイムラー)」「BMW」はエンジンの開発も水面下で継続しているはずだ。なぜなら、2035年以降にプラグインHEV(PHEV)とEVと燃料電池車(FCV)しか販売できないとなれば、各社の主要な駒はEVだけになってしまうからだ。
3社とも、燃費性能の低い(パラレル方式の)HEVをベースとしたPHEVしか持っていない上に、FCVは開発していない。これから技術レベルの高いPHEVとFCVの開発を進めればよいが、トヨタ自動車に比べると大きく遅れている。すると、エンジン車の効率化を進めつつ、グリーン燃料を組み合わせて対応する道しか残されていない。それにしても駒は2つだ。
欧州委員会の表明を、世間の多くはエンジンそのものを廃止すると捉えているようだ。だが、正確には、化石燃料で動くエンジンを使った自動車とHEVの販売を禁じるものである。すなわち、ガソリンエンジン車とディーゼルエンジン車、そしてガソリンエンジンもしくはディーゼルエンジンを使うHEVの廃止だ。まさか、CO2を排出しないグリーン燃料で動くエンジン車とHEVまで廃止する考えはないだろう。
欧州委員会による今回の表明の背景には、EV推しとすることで、厳しい2021年CO2規制をクリアできずに苦しんでいる欧州の自動車メーカーを救済する意図があると見るのが自然ではないか。