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 ブタジエンをバイオマス(化石資源を除く生物資源)から合成する基礎研究が活発になってきた。理化学研究所(以下、理研)と横浜ゴム、日本ゼオンは、バイオマスから効率的にブタジエンを生成できる技術を開発した。ブタジエンは合成ゴムやエンジニアリングプラスチックの主原料で、世界市場規模は年間1200万トン(t)に上る。現在は化石資源に頼っているブタジエン生産のカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)化を目指す。

 理研らは、大腸菌を菌体触媒として、グルコース培養液1Lの発酵槽で2.1gの1,3-ブタジエン(以下、ブタジエン)を生産することに成功した。生産量は微量だが、化学合成なしの1工程でバイオ生産する事例は世界初であり、その意義は大きいという。「今後はグルコース培養液1Lで50gのブタジエンを生産することを狙う。そこまで高効率になれば量産と言えるだろう」(横浜ゴム)。

バイオ生産したブタジエンで作ったブタジエンゴム
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バイオ生産したブタジエンで作ったブタジエンゴム
バイオ由来のブタジエンゴムを作るのも世界初となる。(出所:横浜ゴム)

ムコン酸からブタジエンを生産

 今回のブタジエンのバイオ生産は「発酵法」という手法である。微生物を培養する培地に生育に必要な原料を入れて、微生物を増殖させるとともに目的の化合物を得るものだ。

 グルコースからブタジエンを合成する経路は、[1]細胞内代謝経路、[2]ムコン酸生産経路、[3]ブタジエン生成酵素から成る。まず、グルコースから3-デヒドロシキミ酸(以下、デヒドロシキミ酸)を[1]の細胞内代謝経路で合成する。続いて、デヒドロシキミ酸からプロトカテク酸、カテコール、ムコン酸の順に各化合物を、外来微生物由来の遺伝子で構成される[2]のムコン酸生産経路で生産していく。最後に、ムコン酸からブタジエンを外来微生物由来の遺伝子の[3]のブタジエン生成酵素で生成する。

今回のブタジエン合成経路
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今回のブタジエン合成経路
青字で示したブタジエン生成酵素のFDCという酵素を改変したのが開発のポイント。ブタジエン生成酵素の他に、グルコースから3-デヒドロシキミ酸を生成する細胞内代謝経路、3-デヒドロシキミ酸からムコン酸を生成するムコン酸生成経路で構成する。(出所:理化学研究所)

 開発に最も力を入れたのは、[3]のブタジエン生成酵素である。通常の大腸菌の代謝経路ではムコン酸からブタジエンを合成できないためだ。両者の分子構造を見ると、ムコン酸はHOOCCH=CHCH=CHCOOHであり、ブタジエンはCH2=CHCH=CH2となっている。従って、ムコン酸内のカルボン酸(CHCOOH)をメチレン基(CH2)に置き換える反応を引き起こす酵素が必要となる。

 そこで理研らは、フェルラ酸脱炭酸酵素(FDC)という酵素に目を付けた。FDCは、桂皮(けいひ)酸(C6H5CH=CHCOOH)などの不飽和カルボン酸を末端アルケンに変換する能力を持つ。これをムコン酸に反応させれば、ブタジエンを生産できると考えたのだ。

ブタジエン生成酵素の酵素デザイン
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ブタジエン生成酵素の酵素デザイン
FDCの本来の基質は桂皮酸だが、酵素デザインを施してムコン酸にした。(出所:理化学研究所)

 ところが、FDCによってムコン酸からブタジエンを生成することはできたものの、その量はごくわずかであったという。その理由は、FDCがムコン酸内のカルボン酸と相互作用しやすい親水性アミノ酸残基の他に、相互作用しにくい疎水性アミノ酸残基も持ち合わせていたためである。酵素には基質特異性という、特定の物質(基質)にのみ作用する特徴がある。FDCは、疎水性アミノ酸残基と相互作用しやすい芳香環を含む桂皮酸が基質であり、ムコン酸とは極めて反応しにくいことが判明したのだ。

 そこで理研らの研究グループは、FDCがムコン酸に作用して化学変化を引き起こすように、外部のDNA(デオキシリボ核酸)を導入して遺伝的性質を変える酵素デザインを行った。具体的には、FDCの疎水性アミノ酸残基を親水性アミノ酸残基に置換して、このFDC改変体の基質がムコン酸になるようにした。すると、ブタジエンの生産量が劇的に向上し、元のFDCと比べて1000倍以上多量に生成できたという。研究開始当初はクロコウジカビ由来のAnFDCを使っていたが、それを出芽酵母由来のScFDCに変えたところ、ブタジエン生成能力がさらに約2倍向上した。