リチウムイオン2次電池(LIB)の実用化後の歴史は約30年。一方、発見されてから334年がたったあの“エネルギー”が大規模蓄電の新技術として参戦してきた。アイザック・ニュートンが、木から落ちるリンゴを見て発見したという“重力(万有引力)”を使うエネルギー、すなわち“位置エネルギー”である。既存の揚水発電やLIBと比べてどんな特徴があるのか、誰が利用しようとしているのかを紹介する。
欧米では古くてほぼ廃れたような技術からまったく新しい技術までさまざまな蓄電技術/蓄電媒体に脚光が当たり、それらの開発ラッシュが起こっている。理由は大きく3つ。1つは、電気自動車(EV)の需要が急増する見通しであるため。
2つめは、再生可能エネルギーの大量導入に伴い、その出力変動を平準化、もしくは蓄電して水素など別のエネルギー形態に変換する需要が非常に大きくなると予測されているためである。調査会社の米BloombergNEFは「2040年には蓄電容量が累計2857GWh、出力が同942GWの蓄電システムが電力系統に導入され、投資規模は約68兆円(6200億米ドル)になる」との見方を2018年11月に発表した。
もちろん、その主役となる蓄電技術や蓄電媒体はまずはリチウム(Li)イオン2次電池(LIB)ベースの定置型蓄電システム(Energy Storage System:ESS)、そしてグリーン水素である。実際、2021年春以降、海外のLIBメーカーは兆円単位の巨額を投資して、大幅な増産計画を相次いで発表した。グリーン水素の製造計画も数十GW規模になっている。
LIBは、EV向けの底堅い需要が見込め、グリーン水素は二酸化炭素(CO2)フリーの鉄の精錬や火力発電の燃料として大量の需要を見込めることも安心して巨額を投資できる背景になっていると推定できる。
技術のポートフォリオが不足
ただし、電力系統の平準化を考えると、LIBと水素だけでは実は十分ではない。LIBは比較的高出力の電力を高い効率で数時間充放電するのには向いているが、2日以上の電力貯蔵や陸路の長距離輸送には向かない。水素は製造後、すぐに燃料として使うにはよいが、再度電力に変換すると損失が約70%と非常に大きくなる。貯蔵できる期間も数日から高々1カ月ほどで、それ以上の長期の貯蔵ではやはり損失が増大する。つまり、LIBや水素の向き不向きを考慮すると、電力の平準化や貯蔵のすべての需要をこの2種類の技術だけでカバーするのは合理的ではない。これが、LIBと水素以外の蓄電技術/蓄電媒体に脚光が当たる3番めの理由である。
重りの上げ下げで“蓄電”
この2つの技術でカバーできない大きなすき間を埋めるために、さまざまな技術が候補となっている。中でも投資家の多くが注目し、しかも実際に実用化が始まりつつあるのが新型の重力蓄電システムだ。
重力蓄電とは、電気でモーターまたはウインチを動かして重りを下から上に上げる、つまり電気エネルギーを重りの位置エネルギーに変換して“蓄電”する技術注1)。“放電”時は、逆に重りを上から下に下げてその位置エネルギーを電力に変換する。
これ自体は新しい技術ではなく、揚水発電システムとして100年以上前から電力系統で広く使われている。水を“重り”として使っているわけだ。国内では蓄電容量で約130GWh、出力で約27GWもの揚水発電システムが稼働している。家庭でも電気は介さないものの、かつての重錘式柱時計の駆動に重りの位置エネルギーが使われていた。
各種先端技術に強い調査会社の米IDTechExによれば、蓄電池や従来型揚水発電以外の蓄電システム/蓄電媒体の中で最も有力なのがこの新型重力蓄電システム(ただし、揚水発電システムの改良版を含む)で、候補全体の60%を占める(図1)。実は、この報告では蓄電媒体としての水素は1%分しかない。