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 中づり広告を終了する──。週刊誌『週刊文春』が2021年8月26日発売号を最後に電車の中づり広告を止めたことが話題になっている。通勤時の風景として首都圏や大阪で定着していた広告を止める背景には、雑誌のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めなければ生き残れないという危機感があった。

 21年3月、文藝春秋は『週刊文春』のデジタル版である『週刊文春 電子版』を立ち上げた。価格は月額2200円(税込み)で、雑誌より1日前に記事を読むことができる有料Webメディアである。中づり広告の原資を、同社は電子版のマーケティング費用として投下し、紙からデジタルへのシフトチェンジを加速させる。

 近年の『週刊文春』は、「文春砲」とも呼ばれる大型のスクープで多くの注目を集めてきた。絶好調ともいえるこのタイミングでDXを進める意図とは。同誌の加藤晃彦編集長、村井弦電子版コンテンツディレクターに聞いた。(聞き手は島津 翔=日経クロステック)

このタイミングで中づり広告を止めた理由を教えてください。

加藤晃彦・『週刊文春』編集長:理由は2つあります。1つは校了のタイミングで、中づり広告のほうが校了が1日早い。週刊文春の校了は火曜日夜ですが、中づりは月曜日。例えば火曜日にスクープをつかんで雑誌に無理やり入れたとしても、中づりは校了済みで入れられない。ずっと前からある問題ですが、スクープメディアとして発行を続けるうえで、この1日の時間差がかなりしんどかったんです。

文藝春秋社内に掲出された『週刊文春』最後の中づり広告(写真:日経クロステック)
文藝春秋社内に掲出された『週刊文春』最後の中づり広告(写真:日経クロステック)
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 もう1つは、『週刊文春 電子版』に非常に手応えを感じていること。21年3月10日にサービスを開始して、「これはいけるな」と思ったんです。

 立ち上げを優先して、社内のエンジニアやデザイナーと話しながら、僕が雑誌も作りながら編集部としては1人で電子版のプロジェクトを進めてきました。建物でいえば、柱と屋根だけの掘っ立て小屋のようなものです。それでも有料会員が取れ始めた。ここに人とお金を投じれば確実に伸びる。そんな手応えがありました。

 では、どこから原資を出すか。雑誌に当てていた宣伝費をデジタルに振り向けようと考え、4月に上司に相談し、5月に役員会で承認を得ました。電子版強化の方向で社内のコンセンサスが取れたということです。

『週刊文春』編集長の加藤晃彦氏
『週刊文春』編集長の加藤晃彦氏
1997年4月、文藝春秋に入社。営業部、『Title』編集部、2001年『週刊文春』編集部に異動。記者として大島理森農水相の秘書官の6000万円口利き疑惑を報じ、大島氏は辞任。その後、『Number』、広告部、月刊『文藝春秋』編集部を経て、2012年『週刊文春』特集班デスクに。下村博文文科相の政治資金問題、甘利明経済再生相の現金授受問題など主に政治記事を担当。2018年7月、『週刊文春』編集長に就任(写真:日経クロステック)
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販売部門からすると、長年続けてきてある程度の集客効果が望める中づり広告を止める方針には異論もあったのでは。

加藤:いえ、それは出ませんでした。

意外ですね。

加藤:もちろん中づりの効果はあります。中づりって素晴らしい広告モデルですよね。通勤時間に見て、駅で降りてすぐにキヨスクで週刊誌を買える。高度成長期から続いた、もはや文化と言ってもいい。

 ただ、どちらかと言えば、その号の売れ行きに直結するというより、週刊文春という存在を知らしめるブランド広告の要素が強かったように思います。事実、週刊文春の売れ行きを左右するのは、広告よりもその号にスクープがあるかないかなんです。

 だからこそ、スクープを打てる環境を残すためのコスト戦略は非常に重要です。うちは取材経費は潤沢です。取材なら上に報告なくどこでも出張していいと伝えていますし、編集部員も減らしていません。この環境を維持するために、中づり広告を止めるといったコストカットは(経営側から要求されるのではなく)自ら戦略的に選択しなければなりません。

改めて『週刊文春 電子版』の概要を教えてください。そもそものきっかけは。

加藤:「立ち上げよう」というより「立ち上げなければならない」と感じたのは20年4月の緊急事態宣言の最中ですね。あの時、宣言の影響で書店がどっと営業を停止しました。「こりゃどうなるんだ」と僕は恐怖しました。だって、売り場がなくなったら、雑誌という紙が主力商品である週刊文春は終わりなんです。

 幸いなことに、あの時はコンビニエンスストアは営業を続けていたし、雑誌の物流も止まらなかった。むしろ書店の客がコンビニに流れたことや、大型のスクープを記事化できたことで、20年1〜6月の販売部数は前年同期比でプラスでした。

「俺たち、やらないと死ぬぞ」

 しかし、もともと書店比率が高い雑誌などは壊滅的な数字になった。うちはたまたまコンビニで手に取ってもらえる雑誌なのでよかったのですが、これは編集者としては恐怖ですよ。コンビニが営業を停止したら。物流が止まっていたら──。電子版を作らないと事業継続できない。なるべく早くやらなきゃいけないと思いました。意思決定をしたのが4月です。

 しかしご存じの通り、Webメディアはすぐに開発できるものではありません。特に課金システムの部分ですね。当社は『文春オンライン』など記事を無料で配信するメディアは持っていますが、課金の仕組みは持っていません。そこをどう作るか。本当は20年の年内にサービスを開始したかったのですが、最後の詰めなどで3月に伸びました。

雑誌を単純にデジタル化するのが「雑誌のDX」なのかというと、そうとも言い切れない部分があるように思います。先ほどの中づり広告の例でも、雑誌には雑誌ならではの購読・閲読体験があります。その顧客体験をどうデジタルに置き換えていきますか。

加藤:2段階あると思っています。初期段階はまずデジタルメディアを立ち上げて、そこから軌道に乗るまでのフェーズです。我々の初期段階のコンセプトは、「週刊文春のコンテンツをなるべく早く、そして読みやすく読者に提供する」というものでした。なので、まずは電子版のオリジナルコンテンツはやらないと決めた。立ち上げを優先したんです。申し上げた危機感がありましたから。「俺たち、やらないと死ぬぞ」って。

 先ほど掘っ建て小屋に例えましたが、2段階目はその小屋をより良い、心地よい建物に改修していくフェーズです。月刊『文藝春秋』から村井(村井弦『週刊文春』電子版コンテンツディレクター)が移ってきて、見せ方やタイミングを含めて細かい改修を続けています。