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 由紀精密(神奈川県茅ケ崎市)は、切削加工を中心に金属の精密加工での実績を持つ。2006年に開発部を立ち上げて、部品単体の精密加工にとどまらない、機能要素の設計や顧客への提案も行える態勢の構築に乗り出した。同社の開発部は現在、航空宇宙や医療機器、レコードプレーヤーなどさまざまな機器を開発している。21年8月には、高砂電気工業と共同で小型人工衛星用スラスターを開発したと発表した。宇宙開発の世界では、21世紀に入って重量100kg以下の小型衛星を数百から数万機打ち上げて全世界に通信や地球観測のサービスを提供する衛星コンステレーションの計画が次々に立ち上がりつつある。由紀精密は、スラスターという衛星コンポーネントで、この分野への本格参入を狙う。(聞き手は松浦晋也=ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)

由紀精密取締役社長の永松純氏(右)と同社技術開発部開発部部長の松本幸子氏(左)
由紀精密取締役社長の永松純氏(右)と同社技術開発部開発部部長の松本幸子氏(左)
(写真:尾関祐治)
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高砂電気工業と共同で小型の人工衛星用スラスターを開発しました。スラスターとはどのようなものなのか教えてください。

永松:簡単に言えば、小さな液体ロケットエンジンです。人工衛星に取り付け、その噴射で衛星の姿勢を制御したり、軌道を変更したりします。例えば、小惑星「イトカワ」を探査して10年6月13日に地球へ帰還した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」には、スラスターが12基取り付けられていました。

人工衛星用の小型スラスター(エンジン)
人工衛星用の小型スラスター(エンジン)
由紀精密が高砂電気工業と共同開発した。手前に見えるノズル部分を由紀精密が開発。奥に見えるバルブを高砂電気工業が開発した。(出所:由紀精密)
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そもそもスラスターを開発しようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

永松:18年に経済産業省の「コンステレーションビジネス時代の到来を見据えた小型衛星・小型ロケットの技術戦略に関する研究会」に出席して、バルブメーカーの高砂電気工業の方と知り合ったのがきっかけです。その際、「液体ロケットエンジンにとってバルブは必須の構成要素なのに、国内には宇宙用の小さなバルブを造る会社がない」という話題になりました。この出会いを機に両社共同でスラスターを開発する計画が動き出したのです。18年から高砂電気工業がバルブを、由紀精密がスラスター本体を開発するという役割分担でスラスター開発がスタートしました。実物をお見せしましょう。

人工衛星用の小型スラスター
人工衛星用の小型スラスター
下部が由紀精密の開発したノズル部分。上部が高砂電気工業が開発したバルブ部分。(写真:尾関祐治)
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非常に小さいですね。

永松:直径約12mmです。「ノズル」と「燃焼室」がこのように配置されており、由紀精密が設計・製造を担当しました。その上部に付いているバルブは高砂電気工業が開発しました。推進剤として過酸化水素を使用し、推力は0.2N。50〜200kg級の小型人工衛星での採用を想定しています。

 配管のバルブを開くと過酸化水素が燃焼室に流れ込みます。燃焼室には触媒が詰まっていて、ここで分解された過酸化水素が高圧ガスになって噴射され、衛星が移動する推力を得るという仕組みです。

 構造だけ説明すると簡単に聞こえるかもしれませんが、確実に動作させるにはさまざまなノウハウが必要で、開発は大変な作業でした。最大の特徴は、推進剤に過酸化水素を使った点です。肝となる触媒も当社で開発しました。