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 日本製鉄が中国鉄鋼メーカーの宝山鋼鉄(以下、宝鋼)と共にトヨタ自動車(以下、トヨタ)を特許侵害で訴えた事件が、日本の産業界に大きな波紋を広げている。この事件は、特許侵害を訴えた日本製鉄とトヨタの置かれた経営状況の厳しさ、そして、素材特許の難しさを改めて浮き彫りにしている。

知財に厳しい日本製鉄

 日本製鉄が訴えたのは、無方向性電磁鋼板に関する特許侵害。提訴の詳細は以下の通りで、損害賠償請求額はそれぞれ約200億円。トヨタに対してはさらに、無方向性電磁鋼板を使用したモーターを搭載した電動車の製造・販売の禁止を求める仮処分を申し立てており、仮に認められればトヨタのハイブリッド車(HEV)などが製造・販売できなくなる可能性がある。

1.宝鋼に対する訴訟

(1)損害賠償請求訴訟

  •  ①提訴内容:約 200 億円の損害賠償請求
  •  ②提訴先裁判所:東京地方裁判所
  •  ③提訴日:2021 年 10 月 14 日

2.トヨタ自動車に対する訴訟

(1)損害賠償請求訴訟

  •  ①提訴内容:約 200 億円の損害賠償請求
  •  ②提訴先裁判所:東京地方裁判所
  •  ③提訴日:2021 年 10 月 14 日

(2)製造販売差止仮処分の申立て

  •  ①申立内容:当社特許を侵害する無方向性電磁鋼板を使用したモータを搭載した電動車の製造・販売の禁止
  •  ②申立先裁判所:東京地方裁判所
  •  ③申立日:2021 年 10 月 14 日

 日本製鉄とトヨタは、互いにそれぞれの業界のトップとして親密な関係を築いてきたが、今回、日本製鉄は知財確保を優先させた。日本製鉄は過去にも、2012年当時、資本業務提携関係にあった韓国の鉄鋼メーカーであるPOSCO(ポスコ)に対して訴訟に及んでいる。1990年代に新日鉄住金(当時)を退職した技術者が、変圧器などに使われる「方向性電磁鋼板」の技術を流出させたと訴えた。

 この訴訟の理由は不正競争防止法の「営業秘密の不正取得行為」で、新日鉄住金はポスコに対し、約1000億円の損害賠償と高性能鋼板の製造・販売差し止めを求めて東京地裁に提訴した。その後の2015年9月30日、日本製鉄がポスコから300億円の支払いを受けることで和解したと発表。これに伴い、両社は日本と韓国、米国で起こした訴訟3件を取り下げた。

 このように、日本製鉄にはパートナーであっても知財に関して厳しい姿勢で臨んできた歴史がある。

背景に見える両社の業績低下

 今回の訴訟の背景には、日本製鉄とトヨタ双方の業績低下があるのではないか。

 まず、日本製鉄の製鉄事業の売り上げは2018年をピークに減少を続けている。もちろんこの時期、新型コロナウイルス禍で需要が落ち込んだ面はあったと思われる。だが、それを除いたとしても、昨今の資源価格の高騰や輸送コストの上昇、さらには二酸化炭素(CO2)削減に向けた新しい製鉄技術の開発など、日本製鉄の双肩にはコスト上昇の要因が数多くのしかかっている。

 今回の宝鋼やトヨタとの交渉、そして決裂して訴訟に至った背景には、量産品への価格低下圧力が続く中、高マージンで量も確保できる無方向性電磁鋼板のような製品の売り上げは何としても確保したいという意図があったに違いない。

図1●日本製鉄の製鉄セグメントの業績
図1●日本製鉄の製鉄セグメントの業績
(日本製鉄の決算資料に基づき正林国際特許商標事務所が作成)
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 一方で、トヨタもコスト削減に必死である。こちらも売上高は2018年をピークに減少が続いている。ガソリンエンジン車から電気自動車(EV)を含む電動車への移行が進む中、車体価格の低下や、ガソリン車の製造設備の減損の問題があり、収益力を維持したい意向は極めて強いはずだ。

図2●トヨタ自動車の自動車セグメントの業績
図2●トヨタ自動車の自動車セグメントの業績
(トヨタの決算資料に基づき正林国際特許商標事務所が作成)
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 両社のこうした事情が状況を先鋭化させた面は否定できない。