「日本の電池産業は今、崖っぷちに立たされている」——。
リチウム(Li)イオン2次電池(LIB)を開発した功績で2019年にノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰氏が、日本の電池産業を危惧している。同氏は自由民主党主催の「未来社会を創出する、バッテリー等の基盤産業振興議員連盟(バッテリー議連)」の設立総会における講演で冒頭のように発言し、出席した政府関係者や国会議員に向けて電池産業への政策支援を提言した。同氏が日本の電池産業をここまで心配しているのはなぜか。
それは、「日本に十分な(規模の)電気自動車(EV)市場がないから」(吉野氏)だ。LIBの用途は19年以降、電動車(xEV)がIT端末を抜いてトップに立っている。ところが、日本のxEV市場は電池積載量が少ないハイブリッド車(HEV)が主流。そのため、「日本の自動車メーカーの購入量が極めて少ない」(同氏)というのだ。そこで日本の電池メーカーは、「海外のEVメーカーを顧客とすることで何とか糊口(ここう)をしのいでいる。国内に(十分な規模の)EV市場が形成されなければ、非常に危機的な状況に陥る」というのが、吉野氏が抱く危機感の“正体”だ。
「日本の需要が少な過ぎる」
LIBの最大用途がxEVにシフトしたことは、統計を見れば明らかである。電池市場の調査会社B3(東京・千代田)の調査によると、20年時点で全世界におけるLIBの用途別出荷容量のトップはxEVであり、その総量は約123GWhに上る。スマートフォンやノートパソコン(PC)などのIT端末で使われている電池容量は約80GWhだから、1.5倍以上だ。今後、この傾向は加速し、30年にはxEV用途に20年時点の約10倍に当たる年間約1.2TWhが必要になるという。これはLIBの総出荷容量の75%以上を占める。
xEVの中でLIBをダントツに多く積載するのがEVだ。例えば、日産自動車のHEV「ノート」は電池容量が1.5kWhであるのに対し、同社のEV「リーフ」の場合は40kWh〔1充電航続距離が322km(WLTCモード)のタイプ〕もある。このように、EV1台当たりのLIBの積載量はHEVのそれの数十倍になるため、電池メーカーとしては出荷量が増える。実際、B3の20年の調査によると、EVは販売台数がxEV全体の半分にも満たないにもかかわらず、電池容量でみればxEV全体の84%を占めている。従って、「LIB市場の主流はEVに一本化している」(吉野氏)という。要は、世界の電池メーカーはEV向けを主眼に開発や生産を進めているという指摘だ。