トヨタ自動車は、2021年10月7日に発表した新型SUV(多目的スポーツ車)「レクサスNX」のボディー骨格に、引っ張り強さが1.5GPa級の高張力鋼板(冷間プレス材)を適用した。ボディー骨格に使う1.5GPa級高張力鋼板はこれまで、ホットスタンプ(高張力鋼板の熱間プレス材)の独擅場(どくせんじょう)だった。今回、プレス成形が難しかった部位に使えるようになったことで、1.5GPa級高張力鋼板の主役がホットスタンプから冷間プレス材に交代する可能性が大きくなってきた。
これまで、1.5GPa級冷間プレス材には、高い寸法精度を確保するのが難しいといった課題があった。トヨタはJFEスチールが開発した新たな冷間プレス用鋼板と成形法を活用することで、この壁を乗り越えた。新たな成形法を用いた製品の製造は、自動車関連部品などを手掛ける太平洋工業が担当した。
トヨタが1.5GPa級冷間プレス材を使用したボディー骨格の部位は、中央ルーフ・クロス・メンバー(同社はルーフ・センター・リインフォースメントと呼ぶ)である。新型レクサスNX(以下、新型車)には、ガラス製ルーフを採用する車種と鋼板製ルーフを採用する車種がある。1.5GPa級冷間プレス材を使用したのは、鋼板製ルーフを採用する車種である(図1)。
前述したように、ボディー骨格に使う1.5GPa級高張力鋼板は現在、ホットスタンプの独擅場である。今回の新型車の中央ルーフ・クロス・メンバーに1.5GPa級ホットスタンプを使うことも可能だが、トヨタは1.5GPa級冷間プレス材を選んだ。その理由を同社Lexus Internationalレクサスボデー設計部ボデー設計室のグループ長を務める島崎隼一氏は、「側面衝突への対応を強化することに加えて、軽量化と原価低減を実現するため」と話す。
側突対応の強化と軽量化、原価低減が狙い
中央ルーフ・クロス・メンバーは左右のセンターピラーとつながり、環状構造のボディー骨格を形成する重要な部位である。ボディー骨格を環状構造にすることで、骨格自体の強度を高められる(図2)。
先代レクサスNX(以下、先代車)では中央ルーフ・クロス・メンバーに590MPa級冷間プレス材を使っていたが、新型車は1.5GPa級冷間プレス材に変更して、側面衝突に対する安全性能を高めた注1)。
また、1.5GPa級冷間プレス材を使うことで中央ルーフ・クロス・メンバーの質量が、先代車に比べて約0.3kg軽くなった。これにより車両の重心高が下がり、操縦安定性の向上に寄与した。さらに、ホットスタンプはプレス成形前に加熱する必要があるが、冷間プレス材は加熱する必要がないため、「ホットスタンプよりも製造原価を下げられる」(島崎氏)と言う。