製造業にとってAI(人工知能)は欠かせない技術になりつつある。製品に組み込むことで高度な制御の自動化を実現して付加価値向上を図るだけでなく、製品の設計・生産プロセスの随所でAIを活用する例が増えてきた。製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)の中で取り組みが活発な工場のスマート化でも、種々の製造データから不良品を見分ける品質検査AIなどに取り組む企業は多い。このような状況の中、「信頼できるAI」という考え方への注目が高まっている。
AIは、コンピューターの情報処理能力を使って、与えられたデータに基づいた結論を推定する。従来は人間にしかできなかったような複合的な判断を代替するだけでなく、人間では対応しきれない膨大な情報量を短時間で処理することも可能だ。
ただし、AIによる推定のプロセスを完全にブラックボックス化してしまうと、結論の信頼性を担保するのが難しくなる。例えば、近年注目される深層学習の場合、AIによる推定理由を人が理解したり説明したりするのは難しいとされる。推定理由が分からなければ、短期的な処理能力が人より優れていても、長期にわたる運用には不安が残る。結果、適用範囲が限られてくる。
そうした背景から、ITベンダー各社は数年前から信頼できるAIを目指した技術やサービスを相次いで発表してきた(表)。こうした製品では、製造条件と不具合の因果関係を推定したり、熟練者による意思決定の方法を再現したりできる。
発売・発表時期 | 製品・技術の名称 | 企業名 |
---|---|---|
2017年5月 | CALC | 電通国際情報サービスなど |
2018年12月 | Watson OpenScale | 米IBM |
2019年7月 | 意図学習 | NEC |
2020年1月 | AI導入・運用支援サービス | 日立製作所 |
2020年9月 | Finplex EnsemBiz | 富士通 |
信頼できるAIを目指す手法には大きく分けて2つある。1つは、人が推定理由を理解しやすいAIを選ぶ方法、もう1つがAIの説明可能性を高める別のツールを併用する手法だ。AIにはさまざまなアルゴリズムがあり、その中から説明可能性のより高いAIを用いるアプローチが前者で、アルゴリズムそのものではなく、それを外部から管理して信頼性を高めるアプローチが後者である。
因果関係を推定するAI
電通国際情報サービス(ISID)が販売する要因分析ツール「CALC(カルク)」は、人が推定理由を理解しやすいAIの1つといえる(図1)。人には分かりにくい、さまざまなデータ間の因果関係を推定できる。同社によると製造業のユーザーが最も多く、生産現場における効率向上や課題解析の分析などに使える。「要因分析にAI技術を適用したサービスは珍しい」(同社)。
例えば、空調設備の稼働データをCALCで分析すると、「消費電力の抑制には冷却水ポンプの昼夜稼働比の寄与が高い」といった因果関係を導き出せる。ユーザーはこの分析結果に基づき、消費電力を抑えるためにポンプの稼働方法を変更するといった対策を打ち出せる。
国内でスマートフォンを生産するジャパン・イーエム・ソリューションズ(兵庫県加東市)は、CALCを導入した1社。同社は生産現場のデータ収集に力を入れる一方で、製品検査の誤報に悩まされていた。そこでCALCを導入したところ、誤報に関係するデータの因果関係が明らかになり、誤報を減らせたという。
CALCの分析対象は、CSV形式で保存されたデータ。具体的には、画像や音声といったデータを除く、数値データや時系列データである。オンプレミスで稼働し、ユーザーはパソコンのWebブラウザーから操作できる。
分析結果として示すのは、データとデータの間を線分や矢印で接続して表した因果関係のグラフや、その関係の強さを表した数値など。幅広く網羅的に因果関係を可視化してくれるので、人間が気付きにくいような問題分析に役立てられる。最終的な判断をAIが下すのではなく、人に判断の材料を提供するタイプのAIである。
CALCは、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL、東京・品川)が開発したAI技術が基礎になっている。ソニーグループのエレクトロニクス事業や金融事業などで、意思決定を支援するツールとして使われてきた。
ISIDらが販売を始めたのは2017年。当時はデータ間の因果関係を推定する機能のみだったが、21年10月の最新版「CALC 4.0」では、ある原因を変化させたときに生じる結果の変化や、その結果と並行して生じる別の効果をシミュレーションする機能が加わった。
アルゴリズムの詳細は公表されていないが、「統計的因果推定と呼ばれる分野の技術で、教師なし学習の一種」(ソニーCSLリサーチャーの磯崎隆司氏)。ただし、希望する顧客に対しては因果関係の推定に至った詳しい仕組みを開示している。