全2099文字
PR

 Webサイトを訪れた人の端末を使い、事前の説明や承諾なく収益を得ようとする行為は刑事罰に相当するほど社会正義に反するのか。3年にわたる刑事事件の裁判は無罪で決着した。

 最高裁判所第1小法廷(山口厚裁判長)は2022年1月20日、他人が閲覧するWebサイトに暗号資産を獲得するために採掘(マイニング)用プログラムを置いた行為を刑法の不正指令電磁的記録に関する罪(いわゆるウイルス作成罪)で検挙した「Coinhive(コインハイブ)事件」の上告審で、Webデザイナーの諸井聖也氏を無罪とする判決を下した。2020年2月の東京高等裁判所の判決では、諸井氏に対して罰金10万円の有罪判決が言い渡され、諸井氏側が上告していた。

 第一審から上告審までで大きな争点となったのは、暗号資産を採掘するスクリプト「Coinhive」が、ウイルス作成罪が成立する要件の1つである、社会的に許容できない影響を与えるような「不正性」を備えるのかどうかだった。最高裁はプログラムの動作に加えて、影響や目的など1つひとつに判断を示し、不正性はないと結論付けた。

 諸井氏の主任弁護人を務めた平野敬弁護士は最高裁判決を「立件するには具体的な利用者への悪影響を示すなど、今後の刑事捜査に大きく影響する判決だ」と評価する。ただしあくまで最高裁判例の1つであり、技術者やサイト運営者を萎縮させないほどの明確な基準ができたとはまだいえそうにない。そもそもウイルス作成罪には不正性に明確な定義がなく、依然として曖昧さが残るからだ。

無罪勝ち取った事件は一斉検挙の一角

 無罪判決後の会見で諸井氏は「日本のインターネットに汚点となるような判例を残さずに済み、安心してほっとしている」と語った。諸井氏を検挙した事件で下された刑事罰は罰金10万円の略式命令。諸井氏がこれを受け入れずに争った背景を、平野弁護士は「技術開発を萎縮させないため、日本の技術者全体の(ための)戦いと位置付けた」からだと語る。実際に日本ハッカー協会が裁判費用の寄付を募り、延べ1044人から1140万円あまりが集まった。

無罪判決後に会見に臨んだ諸井聖也氏(左)と主任弁護人の平野敬弁護士
無罪判決後に会見に臨んだ諸井聖也氏(左)と主任弁護人の平野敬弁護士
(撮影:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 Coinhive事件と同時期の2018~2019年にかけては、同事件と類似性がある案件で全国の警察がウイルス作成罪の捜査を強化し、検挙が相次いでいた。例えばセキュリティー技術情報サイトにサーバーなどを遠隔操作するサンプルコードを掲載した行為を検挙した2018年3月の「Wizard Bible事件」では、サイト運営者が罰金50万円を受け入れ、運営者はサイトを閉鎖した。

2018年以降で検挙が相次いだ「ウイルス作成罪」の主な事件
事件の通称検挙の時期事件の概要検挙後のいきさつ
Coinhive事件2018〜2019年ごろ暗号資産採掘プログラム「Coinhive」を設置したなどで全国で諸井聖也氏を含む約20人を検挙諸井氏を含む複数人に罰金など略式命令。平野敬弁護士によると少なくとも6人が不起訴処分
Wizard Bible事件2018年3月セキュリティー技術情報サイト「Wizard Bible」で記事投稿者が遠隔操作のサンプルコードを公開したことで、宮城県警・福井県警がサイト運営者を検挙罰金50万円の略式命令。サイト運営者は罰金を納付しサイトを閉鎖
アラートループ事件2019年3月掲示板サイトで無限にアラートを出すページのURLを書き込んだとして兵庫県警が男性2人らを検挙2019年5月に起訴猶予の不起訴処分

 Coinhiveの最高裁判決が、「乱用」とも指摘されたウイルス作成罪の捜査に影響を与えるのは間違いない。実際に2019年に横浜地方裁判所が一審で諸井氏を無罪とする判決を出したこともあり、類似の検挙は減ったとみられている。