――最近、ロシアと西欧諸国の対立がウクライナで起こっていますけれど、そのロシアの問題で、岡部先生が「実はレアメタルが心配だ」と話しておられると聞いたのですが、その背景を話していただけますか。
「ロシアを背後に控えたウクライナの政情不安と聞くと、皆さんは、飛行機の墜落事故や天然ガスの供給途絶を思い浮かべるでしょうが、レアメタルの専門家として、私が今、一番心配しているのはパラジウムという白金族金属の供給不安で、(ウクライナ危機の時も)そのことが真っ先に頭をよぎりました」
上記のウクライナとレアメタルに関するインタビュー文面は、現下2022年に起きているウクライナ危機の内容である、と多くの人が受けとるであろう。ところが、上記のインタビューは、今から7年以上前、14年のものである1)。一般の人にとっては、「パラジウムショック」の到来は、最近の出来事だろうが、レアメタルの専門家である筆者は、恒常的なリスクとしてかなり以前から注目してきた。
本稿では、ロシアから供給されるパラジウム(Pd)の供給不安について、特に天然鉱石の品位という観点から、その資源供給に関して解説する。さらに最近のウクライナ情勢がもたらすパラジウムの商流の変化についても筆者なりの見解をまとめた。
1g数千円~1万円以上の白金族金属
パラジウムは、プラチナ(Pt)、すなわち、白金の仲間である白金族金属と呼ばれる元素群の1つで、ロジウム(Rh)とともに、自動車産業や燃料電池には不可欠なレアメタルである。
自動車においては、有害な排ガスを浄化・無害化する触媒の基幹材料として使われる。自動車1台当たりの、パラジウムを含めた白金族金属の使用量は数gほどだ。数gの白金族金属と聞くと、大した量ではないと思うかもしれない。しかし、白金族金属は1gあたり数千円~1万円以上もする非常に高価なレアメタルであるため、少ない使用量でも莫大な金額の白金族金属が使用されている。
現行の技術では、排ガス浄化触媒として白金族金属を使用しないと、排ガス規制をクリアできないため、内燃機関(エンジン)で動く自動車を走らせられない。従って、白金族金属は、使用量は少ないものの、自動車産業を支える基盤材料となっている。
しかもパラジウムは、触媒材料としてだけでなく、電極材料や歯科材料としても使われる。金(や銀)とパラジウムの合金は、耐食性、強度、延性が高いため、歯科材料としては重要な材料の1つである。
図1に、1997年から最近の約25年間の、白金族金属の世界生産量および価格の推移を示す。01年ごろにパラジウムの価格が高騰しているピーク(図1の一点鎖線)があるが、このときの急騰は、ロシアがパラジウムの供給制限を宣言した結果生じた。07年にルテニウム(Ru)の価格が高騰(図1の破線)しているのは、ハードディスクの記録媒体材料にルテニウムが有用であると分かり、見込み需要が拡大したためである。08年末の白金やロジウムの価格の暴落(図1の点線)は、リーマン・ショックにより、自動車の需要が急激に減退した結果である。
白金族金属の供給については、ロシアがパラジウムの供給を制限した時期を除いて、おおむね一定で推移しており、白金やパラジウムは、それぞれ毎年200t前後が世界に供給されている。一方、需要については、上述のように社会情勢に合わせて大きく変化するため、白金族元素の価格は、図1に示したように乱高下する。パラジウムに限らずほとんどのレアメタルは、需要と供給のアンバランスに敏感に反応し、価格が乱高下するのが特徴である。