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 不正に「もしも」はない。だが、もしも開発設計の失敗に気づいた時点で設計方針を思い切って変えていたら、日野自動車はエンジンの排出ガス・燃費不正とは無縁でいられたのではないか。

 結論を先に述べると、性能(設計目標値)を満たさない予測が立てば直ちに設計方針を改め、ハードウエアおよびソフトウエアの両面の設計変更をいとわないこと。これが、再発を防止するために日野自動車に求められる必要条件である。

日野自動車の本社
日野自動車の本社
東京都日野市にある。(写真:日経クロステック)
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 同社の親会社であるトヨタ自動車は、日経クロステックが既報したように、エンジンの開発プロセスに「途中評価」を設けている。排出ガス性能の「劣化耐久試験」でいえば、この途中評価の段階で触媒の劣化耐久性能、例えば、24万km(約15万マイル)走行相当分の劣化が進んだ状態における触媒の性能を同社は予測。このままでは最終目標値(規制値)をクリアできないと分かれば、直ちに触媒の設計方針を変更する*1

*1 詳しくは、ばらつきを考慮して規制値を1割程度下回る値。

 これとは対照的に、日野自動車は「試験の過程で触媒が劣化しすぎて、このままでは規制値に適合しないと認識していた」にもかかわらず、途中で触媒の設計方針を変更することはなかった。当然、規制値を満たせないため、試験の途中で触媒(第2マフラー)を不正に交換したというわけだ。

 すなわち、開発設計の途中で設計方針を許容するか否かが、不正を犯した日野自動車と不正とは無縁のトヨタ自動車との「分岐点」だったといえるだろう。

 では、トヨタ自動車はどのように設計方針の変更を判断するのか。

根強く残る「ハードが上、ソフトが下」という考え

 現在のトヨタ自動車には、エンジンの開発設計に関するノウハウがかなりたまっており、例えば触媒については「目標とする車両質量やエンジンの性能、制御などが決まれば、基本的に設計はできる」(同社の関係者、以下関係者)状態になっているという。

 それでも、開発設計の過程で設計方針を変えて設計変更を行う可能性はある。必ずしも全ての新エンジンに対して完璧なシミュレーションはできない上に、触媒の浄化性能と低コストとの最適なバランスを追求するからだ。規制値をきちんと満たす浄化性能を実現しつつ、高価な貴金属を極力減らすなどして、できる限りコストを抑え込む。そのために、トヨタ自動車は必要と判断すれば設計変更もいとわない。

トヨタ自動車のエンジンの例
トヨタ自動車のエンジンの例
開発プロセスの途中で評価を行い、その時点で規制をクリアできないと分かれば直ちに設計方針を変える。その際に、必要とあればソフトウエアだけではなく、ハードウエアの設計変更もいとわない。(写真:トヨタ自動車)
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 排出ガスの浄化性能や燃費測定といった性能評価は、エンジンの開発設計において最終段階に位置付けられている。担当するのは、エンジン本体の開発設計部門ではなく、パワートレーンの適合(チューニング)を扱う部署だという。途中評価の結果に基づいて「設計変更を要する」という判断が下された場合、適合部署はエンジンの制御(以下、制御)を変更する。具体的には、ハードウエアはそのままに、ソフトウエア上の数字などを調整して触媒の浄化性能や燃費が規制値や燃費の諸元値(カタログ値)を満たすようにチューニングしていく。

 ただし、ハードウエアに手を付けずにソフトウエアによる制御で性能が得られるようになんとか調整しようとするのは、どの自動車メーカーも同じだ。そのほうが低コストかつ短時間で済むという利点がある。トヨタ自動車が他社と異なるのは、ソフトウエアで解決できなかった場合、ハードウエアの設計変更を躊躇(ちゅうちょ)しない点である。ハードウエアの設計変更が必要だと判断したとき、トヨタ自動車では「開発設計部門が車両の商品企画部門〔プロジェクトリーダー「チーフエンジニア(CE)」が所属する部署〕に報告する一方で、ハードウエアの設計を変更するための手立てを考える」(関係者)。

 外部の人間からすれば、性能が未達なのだからソフトウエアであろうがハードウエアであろうが関係なく設計変更するのは当然ではないか、と思うかもしれない。ところが、「製造業、特に自動車メーカーの多くにとっては、そうとは言えない。開発設計においてはハードウエアが上、ソフトウエアが下というヒエラルキー(階級)が根強く存在している上に、ハードウエアの設計変更には時間もコストもかかることが多いからだ」(関係者)。そのため、エンジンのハードウエアには一切変更を加えずに、規制への対応を適合部署に丸投げするケースが目に付くというのである。

 それでも、ソフトウエアの調整だけで済むなら不正にはなり得ないが、それだけでは解決できない案件も出てくる。「ここでハードウエアの設計変更を避ける企業は、性能の目標値を下げて商品性を諦めるか、性能を維持しているとごまかすかのどちらかになりがちだ。今回の日野自動車の不正は後者の例ではないか」と関係者は指摘する。