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 2022年4月1日に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラスチック資源循環法)」が施行された。法整備が進む一方で、日本のバイオプラスチックへの取り組みは海外に比べると遅れが目立つ。だが、バイオプラスチックの専門家である小松技術士事務所所長の小松道男氏は「日本に明るい兆しが見えてきた」と語る。日本は新たなバイオプラスチックの開発では世界をリードしており、これを世界一の成形技術と組み合わせれば、日本はバイオプラスチックで世界をけん引できるという。(聞き手は近岡 裕)

価格が高くてバイオプラスチックの採用が広がらず、材料メーカーも二の足を踏むため、価格が下がらないというのでは、今後も日本メーカーの苦戦が予想されます。挽回の機会はないのでしょうか。

小松氏:実は、日本にも明るい兆しが見えてきました。例えば、王子ホールディングス(以下、王子HD)がポリ乳酸(PLA)の国内生産の検討に入りました。樹木由来のパルプ(木質パルプ)を原料に使うPLAの量産を目指しています。まずは実証プラントで量産の可能性を確認し、うまくいけば、米子工場(鳥取県米子市)で生産能力が2万~3万トン(t)/年規模のプラントが立ち上がるかもしれません。同社は2025年の量産化を目指す意向です。

木質パルプから造った王子HDのポリ乳酸
木質パルプから造った王子HDのポリ乳酸
米子工場の設備を有効活用し、2025年をめどに2万~3万t/年規模の量産の検討に入った。国産PLAとして期待される。(出所:王子HD)
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樹木からPLAが造れるのですね。PLAと言えばサトウキビの搾り汁か、トウモロコシや芋などのでんぷんから得たブドウ糖から造るものだと思っていました。

小松氏:実は、木質パルプも糖を含んでいます。木質パルプの主構成成分であるセルロースがそれです。セルロースは多糖類で、構成単位はでんぷんと同じくブドウ糖です。木質パルプからセルロースを取り出し、酵素を使って加水分解してブドウ糖に変換します。以降はサトウキビを原料とするPLAと同様の仕組みでPLAを造ります。木質パルプからPLAを造る技術を持つのは世界でも「王子HDだけ」(同社)です。

 王子HDが優れているのは技術だけではありません。コスト面でも見るべき点があります。確かに、生産効率では、木質パルプはサトウキビやトウモロコシなどに劣ります。木質パルプからPLAを造ると、サトウキビやトウモロコシなどを原料にする場合と比べて工程が増えるためです。その分、コストは上がります。しかし、製紙工場として既に所有している土地や設備を活用すれば、初期投資を大幅に抑え込むことが可能です。

 ご存じの通り、日本を含む先進国ではデジタル化の推進で紙の需要が減っています。これにより、製紙企業では既存工場の稼働率の低下が予想されます。しかし、新たにPLAの生産に生かすことができれば、木質パルプの有効利用や、稼働率や雇用の維持に貢献できる上に、PLAの製造コストの抑制につながる可能性があります。木質パルプというのは良い着眼点だと思います。

小松道男氏
小松道男氏
小松技術士事務所所長・ものづくり名人。(写真:栗原克己)
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サトウキビやトウモロコシ、芋、そして樹木を原料にバイオプラスチックを造るとは、工業ではなくて農業や林業のようです。

小松氏:これまでプラスチックは、中東や米国、オーストラリアなどでガスや石油を採掘し、化学コンビナートでプラスチックを合成するという造り方がほぼ100%でした。しかし、これからは農林業から原料を供給してバイオプラスチックを造る割合が増えていくことでしょう。原料は畑や山で栽培する、というわけです。もちろん、全てがそうなるわけではありませんが、プラスチック産業にパラダイムシフトが起きつつあるのです。