核融合反応*を利用し、そこからエネルギーを取り出す核融合炉の開発速度が増している。特に日米欧中露などといった国と地域による共同プロジェクト「ITER(国際熱核融合実験炉)」の運転開始が2025年に控えており、気候変動問題解決の一助になるのではないかと期待されている。この核融合の分野で高い技術力を保有し、世界の注目を集める日本企業がある。京都大学発のスタートアップ企業である京都フュージョニアリング(京都府宇治市)だ。
既に総額20億円の資金を調達しており、大手メーカーなどからのアプローチも絶えない。同社は「日本が核融合炉開発の中心地になる」と訴える。その根拠とは何か、なぜ国際プロジェクトが進行する中でスタートアップ企業に注目が集まるのか。Co-Founder & Chief Executive Officerを務める長尾昂氏(以下、長尾CEO)とCo-Founder & Chief Fusioneerを務める小西哲之氏(以下、小西CF)に話を聞いた。(聞き手=野々村洸)
ITERの開発が進む中で、スタートアップ企業である京都フュージョニアリングが担う役割とは何でしょうか。
小西CF:ITERは大国が集まって進められているプロジェクトであり、失敗が許されません。この「失敗できない」という前提のために、核融合炉の設計仕様は2000年前後で既に固められてしまいました。従って、現在の最新技術を盛り込めていません。
加えてITERは2025年に運転を開始する予定なのですが、実はその時点では、まだ核融合反応からエネルギーを取り出す機器・システムがないのです。より詳細にいうと、核融合反応に関する試験が2025年にスタートし、そこから開発が一定期間続いて、核融合反応で生まれた中性子からエネルギーを回収する機器「ブランケット」の試験を開始する計画です。そこで当社はまだ実現までに時間が必要なブランケットなどの機器開発に力を入れているのです。
最先端技術を取り入れたり、まだ世に存在しないブランケットを開発したりすることは、通常の企業には大きなリスクが伴います。当社はそうした研究開発を進める役割を積極的に担い、日本発のイノベーションを起こしたいと考えています。
長尾CEO:少し付け加えると、CFである小西はITERに使うテストブランケットのモジュール設計などに携わってきました。ブランケットにもさまざまな種類があり、しかも年々、より高効率な発電方式が生まれています。
彼はそうした知識を網羅している稀有(けう)な人材です。実は、核融合技術に取り組む優秀な技術者は国内の研究所などにたくさんいます。日本が培ってきた土壌のおかげで、小西を筆頭に優れた技術者たちが当社に在籍しており、世界でも戦える技術力の源泉になっています。
小西CF:その意味では、当社には「日本が保有する核融合炉の技術と人材のゆりかご」という役目もあるように思います。今は優れた技術者が多くても、若い人に技術を継承できなければ、いずれ廃れていきます。日本で核融合技術の知識・ノウハウを保有する人材は、私を含めて年を重ねており、残された時間はそれほど長くはありません。
我々の知識を移行するにしても、大企業では核融合技術の開発リスクが大きい。そこで、最新技術の開発や挑戦がしやすいスタートアップ企業に人材を集め、若い人に知識・ノウハウを伝承することも行っていきたいと考えています。
具体的に京都フュージョニアリングでどのような技術開発を進めており、どんなビジネスモデルを描いているのでしょうか。
長尾CEO:当社は、主に核融合炉向け機器の開発を担うスタートアップ企業です。核融合反応そのものを開発するスタートアップ企業は増えた一方で、機器類に注力している会社は珍しく、世界から注目されています。開発する機器には、先ほど述べたブランケットや、核融合反応を阻害する物質を排出し、未反応の燃料を回収して真空状態を保つ機器「ダイバータ」、マイクロ波でプラズマを加熱し核融合反応を促す機器「ジャイロトロン」があります。
ビジネスモデルとしては、まずブランケットの定期交換が挙げられるでしょう。ブランケットは核融合反応で発生した熱を回収するだけではなく、飛び出した中性子を利用して核融合炉の燃料に相当する三重水素の生成も担います。この三重水素の生成や核融合反応による損傷などでブランケットは劣化していくため、数年で交換する必要があります。従って、ユーザー企業への継続的な機器販売が続けられると期待しています。
他にも、核融合炉のシステムの開発・販売や、開発した技術のライセンス供与といったビジネスも考えられます。
日本が保有する技術力が核融合炉の開発でどのように役立つのでしょうか。
小西CF:それでは具体的な部材を紹介しましょう。これはブランケットを構成する部材で、ブランケットで回収した熱を外部へ伝達する際に利用します。炭化ケイ素(SiC)で出来ており、既に摂氏1000度(℃)近くで熱を受け渡すような実験も行っています。そのせいで部材もあちこち焦げています。ただ固めただけのように見えますが、部材内にもSiCの繊維材料が編み込まれており、強い材料技術がある日本だからこそ製造できました。
今は小さな部材を複数組み合わせ、その集合体で大きな熱交換器を生み出そうと考えています。材料でいえば、核融合炉内でプラズマを閉じ込める機器で利用する超電導材料の開発も日本企業に強みがあります。
さらに機器開発では、先ほど紹介したジャイロトロンも日本の得意分野です。当社も開発に取り組んでおり、既に英原子力エネルギー庁(UK Atomic Energy Authority)の実験炉にジャイロトロンを納める契約も2021年11月に交わしました。
実は、ITERで利用する規模のジャイロトロンを開発・製造できるのは日本とロシアくらいです。ところが、ロシアのウクライナ侵攻により、今後は各国の研究機関やスタートアップ企業ではロシア製に制限がかかるのは必至ですから、核融合産業の中で日本の地位・重要度が上がることでしょう。
日本は核融合炉で重要な部品・材料を開発する力があります。核融合炉というと核融合反応ばかりに注目が集まりますが、その周囲を固める技術がなければ核融合炉は実現しません。核融合産業が誕生すれば、その中心地にはきっと日本がいることでしょう。現在、世界中の核融合炉のスタートアップ企業は安さよりも性能を追い求めていますから、日本にとって追い風となるはずです。