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 「金額の問題ではありません。とにかく、原材料を調達できないのです」──。ある大手化学メーカーの調達部門の責任者の言葉だ。「原油価格の急騰で、関連製品の価格改定が激しくなっているのではありませんか」という筆者の問い掛けへの回答である。表情には悲壮感すら漂っていた。だが、この問題に苦しんでいるのはこの化学メーカーだけではない。今、日本の製造業のサプライチェーン(供給網)は脅かされている。「調達非常事態」の状況に陥っているのだ。

製造業は調達非常事態に突入
製造業は調達非常事態に突入
工場などでは「とにかく在庫を積み増せ」という声が飛ぶが……。(写真:123RF)
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「調達非常事態」に突入

 調達非常事態の原因は、新型コロナウイルス禍による「物流網」の停滞と、相次ぐ自然災害や人災による工場の操業停止、そしてウクライナ危機をはじめとする国際情勢の急激な変化による供給不安や原油価格の高騰が加わった。サプライチェーンの安定は製造業における永遠の課題だが、現在におけるサプライチェーンの不安定さは、過去に類を見ない厳しいレベルにある。

 価格が高くなっても調達できれば製品の生産・販売はできる。ところが、新型コロナ禍の影響が顕著になってからは「そもそも原材料が入ってこない」状況が頻発しており、原材料の入手難に対する偽らざる苦悩の言葉が、冒頭の「金額の問題ではない」というものだ。

 そもそも製造業は、製品を生産して販売しなければ(そして代金を顧客から回収しなければ)、売り上げは得られず利益も生まれない。従って、生産に必要な原材料が、必要なタイミングで手元になければ話にならない。そのため、現在のような調達環境においては「とにかく材料を入手することを最優先せよ」という経営判断の下で、時には「あるだけの数量をかき集めろ」といった少々乱暴ともいえる指示が下される。こうして、調達が可能な限りの数量を確保することも、もはや珍しい話ではない。

 この調達非常事態においては、日常考えられる調達や在庫の考え方を度外視して、緊急避難的な取り組みを行うことも、状況次第ではやむを得ない。ところがその一方で、在庫が増えると、生産や販売ができなくなるリスクとは異なる別の経営リスクが増大する。そのため、生産や販売ができなくなるリスクを減らすためとはいっても、在庫の増加を「無秩序に緩和」することは避けなければならない。

過剰な在庫がもたらすデメリット

 過剰な在庫の存在は、企業が保有する現金の社外流出が必要以上に増加してしまうことを意味する。必要な量よりも多くの原材料(材料在庫)を調達するため、それに関わる余分な購入費用に相当する現金が、企業の内部から社外の調達先に流出してしまう。

 材料在庫が経営に影響を与えないのであれば構わない。すなわち、経営が許容できる期間内に材料が生産に使われ、製品が販売されて、顧客から代金を回収できるのであれば構わない。しかし、生産に使わずに、ただ材料在庫のまま持っておくことは、企業から一方的に現金が流出していくことに他ならない。

 加えて、過剰な材料在庫を工場や倉庫の中に保管する分の倉庫費や人件費、光熱費、管理費などもかかる。自社工場の中に過剰な材料在庫を置くスペースがなく、社外の倉庫を借りる企業も珍しくない。

 過剰な材料在庫の存在は、間接作業の増大だけではなく、直接作業の作業性の低下(作業の邪魔になる、不要な作業が追加される)といった問題も生む。日本の製造業の平均的な営業利益率は3%程度。この利益が、過剰な材料在庫によって生じる追加コストによって吹き飛んでしまう可能性もある。「少し作業が増えただけ」といった軽い気持ちで在庫を増やすのは危険だ。

 工場マネジャーは、過剰な材料在庫が存在していると認識した場合、それによる追加コストを定量的に把握することを強く勧める。

 過剰な材料在庫は、顧客からの代金の回収につながらないこともある。例えば、顧客からの受注が想定よりも下回って原材料が余ってしまったり、顧客から仕様変更の要請があって原材料が不要になってしまったりするケースが発生し得る。すると最悪の場合、余った材料を廃棄することになる。廃棄すれば当然、その材料の購入に関わる費用から廃棄するまでの諸般の費用は全てムダ金となり、企業の利益を大きく毀損してしまう。

 必要のない材料在庫を廃棄せずにそのまま保管すれば、廃棄損による利益の減少は避けられるかもしれない。だが、付加価値を生まないにもかかわらず、余計な保管コストや管理コストがムダにかかり続けることになる。そのため、結局は企業の利益を毀損することになるのだ。

 こうした経営リスクを十分に理解した上で、この「調達非常事態」を乗り越えつつ、顧客への供給責任を果たすために、やむを得ず「リスク対応在庫」を持たざるを得ないという判断に至るのが昨今の状態である。

 ただし、この調達非常事態は、在庫の増加を無条件に許容する「免罪符」ではない。生産や販売ができない経営リスクを回避するために、ギリギリのところで過剰な材料在庫を保有しつつ、適切にコントロールすることが求められる。従って、むしろ管理の目をより厳しくしなければならない局面と捉えるべきだ。