化学プラント(化学工場)において自動制御システムによる「プロセスオートメーション」が普及して久しい。ただし、肉眼では見えない化学反応を扱い、温度、圧力、流量などの複雑な制御が必要なため完全な自動制御は難しく、熟練技術者の知識や経験を頼りにしている部分も多い。制御を誤ると死傷事故にもつながりかねず、プラントを完全自律制御(オートノミー)する技術はこれまでなかった。しかし、現場担当者の高齢化、若手人材の確保や教育の問題などに現場は頭を悩ませており、自律制御技術の実現が待ち望まれている。
プラント向けの制御設備やプロセスオートメーションシステムを提供する横河電機は、2018年に奈良先端科学技術大学院大学と共同で、独自の強化学習AI(人工知能)アルゴリズム「FKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)」を開発。さらにENEOSマテリアル(東京・港、旧JSRエラストマー事業部門)と共同で、実稼働しているプラントの蒸留塔の制御を対象に35日間にわたる実証実験を実施し、22年3月に「世界で初めて」(横河電機)AIによる完全自律制御を成功させたと発表した*1、2。
熟練オペレーターの細かなバルブ制御が必要だった
ENEOSマテリアルのプラントでの実証実験では、温度が変動する排熱を活用しながら、蒸留塔でブタジエンを分離する工程の自律制御を検証した。品質と省エネを両立できるように自律制御で複数のバルブを操作した。
所定の品質のブタジエンを得るには、排熱を使用する比率と、蒸留塔の液面レベルを制御して、狙い通りの温度を保つ必要がある。しかし、本来は捨てられるはずの排熱の温度は直接制御できない。さらに、降雨、降雪など急激な外乱を考慮する必要もある。現状は複数のバルブで排熱量と従来の熱源を同時に制御して温度調整しているが、その細かな制御のために担当者が現場に長時間張り付かなければならなかった。
FKDPPによる自律制御技術の開発を率いた横河電機横河プロダクト本部コントロールセンターゼネラルマネージャーの鹿子木宏明氏は、「FKDPPによるプラントの自律制御システムは、破壊的(ディスラプション)な技術革新と自負している」と胸を張る。「プラントは、1日稼働すると数十億円の金額が動く。稼働の効率を1%でも改善できれば、経済効果も大きい」(同氏)からだ。