ライオンが歯磨き粉の開発に、コンピューター解析で新材料を効率的に探索するMI(マテリアルズ・インフォマティクス)の活用を始めた。2022年4月には日立製作所と共同で、研究所が開発した新たな歯磨き粉の組成を基に、工場で生産する際に生じる課題を事前予測して製造プロセス上最適な組成や物性を自動提案するシステムを開発した。研究段階では予測が難しかった製造中の配管や充填機内での移送性などを検証し、製造プロセスを検討する時間について、最大4割の削減を目指す。
「研究所で歯磨き粉を開発する段階では問題がなくても、製造段階ではチューブに充填できないといったトラブルが増えてきている。移送性を中心とした物性予測の重要性が増している」。ライオン研究開発本部プロセス技術研究所の渡辺裕次副主席研究員は歯磨き粉の開発にMIを取り入れた理由をこう語る。
歯磨き粉は近年「組成が複雑化し、今までの経験では物性が予想しづらくなってきている」(渡辺副主席研究員)という。歯周病対策や口臭予防、歯を白くするなど虫歯対策以外にも様々な機能が生まれたことから原料の種類が増加。原料の組み合わせや配合が膨大になったためだ。移送性に問題があると、製造中に移送圧を高めた場合に配管内で高摩擦状態になってうまく移送できなかったり、チューブに均一に充填できなくなったりして安定製造が難しくなる。
MIで歯磨き粉の移送性を事前に予測できれば、製造が難しそうな候補をあらかじめ製造プロセス開発から省ける。ライオンは2020年から日立製作所の「材料開発ソリューション」を採用して、MIの検証を始めた。
日立の材料開発ソリューションは、データ駆動型のAI(人工知能)を使うMIのサービスだ。実際の原料や配合、実験方法と物性をデータとして学習し、それらの相関関係を見いだすことで、「組成から物性を予測する順解析や、求める物性を実現する組成を探索する逆解析が可能になる」(日立製作所社会システムビジネスユニット公共システム事業部公共基盤ソリューション本部デジタルソリューション推進部の大澤博史企画員)という。
ライオンの事例でも、順解析によって材料候補を絞り込んだり、逆解析によって求める移送性を実現できそうな材料候補を探索したりする物性予測を試みた。しかし「当初は十分な精度が得られなかった」(渡辺副主席研究員)という。データ駆動型のAIでは、相関関係を導き出すのに十分なデータ量が必要となるためだ。