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 オフィスや工場などの企業向けネットワークに新たな潮流が生じつつある(図1)。現在、有線LANのEthernet(イーサネット)、無線LAN(Wi-Fi)の利用が主流だが、これから5G(第5世代移動通信システム)が加わる可能性が見えてきた。そのきっかけとなりそうなのが「ローカル5G」である。

図1 通信会社以外の企業・組織も「ローカル5G」で専用網を構築
図1 通信会社以外の企業・組織も「ローカル5G」で専用網を構築
企業のオフィスや工場などといった限られた範囲の中で、「ローカル5G」を利用して手軽に専用網を構築できる世界が近づいている。2019年末から利用可能だったが、割り当てられた電波帯域の使い勝手が悪い、システムの導入価格が高いなどの課題があった。それが徐々に解消されつつある。しかも、基地局や端末の供給量の増加で、新たな価格破壊も起きそうだ。(図:日経クロステック)
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 ローカル5Gとは、通信会社以外の企業や自治体が主体となって専用網を構築し、企業のオフィスや工場などの建築物、屋外の一部地域といった限られた範囲で利用環境が完結する5Gサービスである。

 ローカル5Gは、その場所専用の帯域を活用できるので、他のシステムの干渉を受けない。加えて、5Gそのものの低遅延・大容量通信、上り・下り方向の通信リソースの比率を変更できる「準同期TDD」といった強みを活用できる。

 例えば、イーサネットを使っていた、オフィスの基幹網や監視カメラ、生産設備のネットワークをローカル5Gに置き換えられる可能性がある。ローカル5Gのような制度は「世界の中でも日本が先行して取り組んでいる」(ノキアソリューションズ&ネットワークスエンタープライズビジネス統括 執行役員のドニー・ヤンセンス氏)ため、日本が主戦場になりつつあるようだ。

 ローカル5Gの可能性にいち早く注目し、実サービスとして導入を進めているのがミクシィだ(図2)。同社は競輪イベント「PIST6 Championship」の映像配信向けにシステムを導入した。もともとWi-Fiを利用して映像配信システムを整備していたものの、映像配信の安定性を担保していくため、新たにローカル5Gを選択した。「Wi-Fiを利用すると、帯域の確保、通信の遅延などで運用が難しいケースがあった。ローカル5Gは、そういった運用においても、適用できる無線ネットワークになる」(ミクシィ開発本部本部長の吉野純平氏)

「TIPSTARDOME CHIBA」
「TIPSTARDOME CHIBA」
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ローカル5G基地局
ローカル5G基地局
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図2 競輪場「TIPSTARDOME CHIBA」の内部
ミクシィはローカル5Gの無線通信設備を使って自転車の公営競技「PIST6 Championship」の映像配信システムを構築する。Wi-Fiを利用すると、映像の遅延・電波の干渉の課題などがあったため、ローカル5Gの適用を進めた。会場内部には2台基地局を設置している。(上の写真:ミクシィ、下の写真:日経クロステック)

価格抑制でユーザー企業も前向きに

 今ローカル5Gが活気づいているのは、専用の帯域を保有できる運用面、5G特有の性能面だけが理由ではない。もともとローカル5Gは総務省によって制度化が進められてきたものの、導入を求められる設備が高価、最初に提供された周波数帯のミリ波が利用しにくい、ローカル5G専用(当初はミリ波対応)端末が必要などの理由から導入が広がりにくかった。しかし現在、このような壁が壊れ、ユーザー企業の導入ハードルが下がっている。特に、導入の大きな壁となっていたシステム構築費を抑えられる点がユーザー企業に好感を与えている。

 まず価格に大きな影響を与えたのが、この2022年に運用が本格化した「5G SA(スタンドアローン)」方式である(図3)。5G SAは、5G基地局単独で制御信号やデータといった通信を可能にする方式である。

NSAとSAのネットワーク構成
NSAとSAのネットワーク構成
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ミリ波とSub6の周波数帯の比較
ミリ波とSub6の周波数帯の比較
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図3 運用・導入コストが大幅に引き下げ
まず値下がりの要因として、2021年後半から5GのSA(スタンドアローン)構成のシステム提供が各社から始まったことが挙げられる。NSA(ノンスタンドアローン)の場合、5Gの基地局と同時に、LTE基地局も用意しなければならないため、ネットワーク構成が高額になりやすかった。また2020年12月から、電波が広い範囲に届きやすいSub6の免許申請が可能になり、電波そのものの扱いやすさが向上していたことも、ユーザー企業の関心を高めた。(図:日経クロステック)

 それまで、SAで5Gを運用できる装置が提供されておらず、「NSA(ノンスタンドアローン)」方式で運用しなければならなかった。NSAはLTE基地局を介して制御信号をやり取りする必要があり、5Gの基地局とは別に、LTE基地局の設置・運用が必要だったため、価格が高止まりしやすい。それが2022年から本格的にSAの導入が進み始めたことで、5G基地局単独でネットワークを構築できるようになり、価格が大幅に下がっていった。

 それだけでなく、5Gコアネットワークをクラウド上で運用することで、ユーザー企業の負担・導入価格を抑制できるようにもなってきている。例えば、NTT東日本は22年5月から無線部(RU)、制御部(CU/DU)、システム導入支援などを一体で提供するサービス「ギガらく5G」を開始する(図45)。5G SAでの運用が可能になっただけでなく、前述のように5Gコアネットワークをクラウドで運用するといった工夫などにより、料金を月額30万円台に抑えた。同社の試算によると、工事費なども含め5年間での費用負担は2000万円ほど。従来のローカル5Gを導入するより5分の1程度の費用負担で済むとする。

図4 NTT東日本が提供する「ギガらく5G」
図4 NTT東日本が提供する「ギガらく5G」
NTT東日本は無線部(RU)、制御部(CU/DU)、システム導入支援などを一体で提供するサービスの提供を開始する。料金は月額30万円台で、従来サービスより大幅に抑えた。ユーザー企業は導入時にかかる費用で導入をためらっていた。システム費用の低価格化で、導入に前向きな企業が増えつつある。(写真:日経クロステック)
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図5 5Gシステムの構成要素
図5 5Gシステムの構成要素
5Gシステムの構成要素は、無線部(RU:Radio Unit)、制御部(DU:Distributed Unit、CU:Centralized Unit)に分けられる。RUはデジタル信号をアナログ信号(電波)に変換し、基地局と端末間のデータのやり取りを支える。電波の送受信を要するため、基本的に物理層に存在する。制御部であるDUとCUはコアネットワーク側に存在する。DUはデジタル変復調など、CUは無線リソース制御などに関わっている。(図:日経クロステック)
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 導入ハードルを下げた要因として低価格化に加えて、利用できる周波数帯域が広がった点も大きい。少し前の2020年12月からミリ波だけでなく、Sub6の利用申請が可能になったのだ。ミリ波は高周波であるため、電波が届く範囲が限られ、ユーザー企業は通信エリアを構築するのが難しい。一方のSub6はミリ波より広範囲に電波が届き、ユーザー企業の運用が容易だ。またローカル5G端末で新たな周波数帯が加わったことで、当然ユーザー企業が利用できる製品の幅も広がる。