「この4年間、後継者問題でいろいろガタガタしたというか、思うようにいかなかった」──。日本電産のCEO(最高経営責任者)に復帰した永守重信会長が、2021年度の決算説明会(2022年4月21日)で自身の後継者問題についてこう語った。CEOを任せられる人物の選択に長い時間がかかっている。即断・即決を武器に、日本電産を創業して一代で売上高が2兆円規模の企業に急成長させた剛腕経営者でも、一筋縄ではいかない難問のようだ。
その難問に永守会長が出した答えは、CEOへの復帰という驚くべきものだった。「こんな株価じゃあかん」「業績も満足していない」と会見では復帰の理由を何度も繰り返し、「逆風に対して、もともとの日本電産の速いスピードと高い収益を取り戻す」と意気軒高に語った。
年齢は77歳。だが、「私はものすごく元気。年寄り扱いされては困る。体もどこも悪くない」と健在ぶりをアピール。現在、同社は2030年度に売上高を10兆円に伸ばす目標を掲げているが、その先に永守会長はもっとスケールの大きな夢を描く。2021年11月に著した『成しとげる力』(サンマーク出版)のエピローグには、「50年後(2070年ごろ)の目標は売上高百兆円だ」「本気で百二十五歳まで生きるつもりでいる」と永守会長は記している。
「カリスマなき後」の成長を不安視する声
まさに電撃復帰だが、株式市場は冷静に捉えているようだ。永守会長がCEOに再就任した後も株価の反転上昇は見られない(22年5月18日執筆時点)。経営者の能力は本来、年齢で測れるものではないが、さすがに持続可能性という点では疑問符が付いたのかもしれない。株式市場は「永守会長がいなくなったら日本電産の成長が鈍化し、『普通の会社』になってしまうのではないかと恐れている」(市場関係者)。
永守会長もこの辺りを意識しているのか、「いつまでも私がやっている会社ではない」とも語り、3年ほどCEOを務めた後、次の新CEOに経営を託すつもりだと決算説明会で語った。今回CEOからCOO(最高執行責任者)に降格した格好になった関潤社長に再び昇格のチャンスはあるとフォローする一方で、永守会長が早くも社外からの後継者選びに動き出したという一部報道もある。
だが、この点について「外部からいくら優秀な人物を連れてきても、永守会長の代わりが務まるとは思えない」という声が社内外から聞こえてくる。「永守会長並みの経営力を持つ人物は、恐らくどこにもいない」とみる向きが多いからだ。
製造業に詳しいある経営コンサルタントはこう指摘する。「今、日本電産が直面している問題は、永守会長に匹敵する優れた経営能力を持つ後継者が見つからないことではない。永守会長個人の能力に依存せずに、成長を持続できる組織的な力をいかに身に付けるかだ」。
結論を言えば、日本電産が取り組むべき課題は、「カリスマなき後」も持続的な成長を続けられるように「幹部社員の自律性をより一層鍛えること」(同経営コンサルタント)ではないか。
急成長を支えるマイクロマネジメント
日本電産の急成長のエンジンは、M&A(合併・買収)にあることはよく知られている。同社はM&Aに非常に長(た)けており、その成功の秘訣は永守会長独自の考え方にある。人心の掌握が実にうまいのだ。
永守会長は、優れた技術を持ちながら経営不振に陥ってしまった企業に狙いを定めて買収する。M&Aでは、買収した企業の経営陣を一新し、社員をリストラして黒字化や利益の増大を図るケースが多い。ところが、永守会長は「原則として経営陣を変えず、社員の解雇もしない」(前出の『成しとげる力』より)。代わりに力を入れるのが、人の意識を変えることだ。
その理由について、永守会長は同書の中で「どんな人材でも磨けば光るという確信があるからだ」と明かしている。こうした手法で買収した企業の経営陣や社員の心をつかみ、彼ら彼女らの潜在的な力を引き出す。そして、赤字の状態や利益がほぼゼロだった企業を、わずか1年といった短期間で高収益企業へと変えてしまう。
ただし、買収した企業の経営や仕事の進め方は、徹底的に「永守色」に染め上げる。経営不振に陥った企業を短期間でV字回復させるには、永守会長の経営手法に従わせるのが手っ取り早いからだ。その経営手法こそ「マイクロマネジメント」の徹底にあると、永守会長自身がこれまで社内外に語ってきた*1。
つまり、日本電産の急成長は永守会長によるマイクロマネジメントによるところが大きいというわけだ。「創業者で全てを知り尽くしている」と自ら語る永守会長が、重要な事業や領域を直接指揮・監督する。だからこそ、微に入り細を穿(うが)つマネジメントを高速で回すことができるのである。今回、永守会長がCEOに復帰したことで、恐らく日本電産はスピードと収益を取り戻せるだろう。
ただし、マイクロマネジメントには利点と欠点がある。日本電産は永守会長の強力なリーダーシップの下で、マイクロマネジメントの利点を存分に享受してきた。ところが、永守会長以外の人間が経営トップに立つと、組織がスピーディーに動かなくなる可能性がある。少なくとも永守会長の場合と比べて格段にスピードは落ちる。それはなぜか。
日本電産をスポーツカーに、CEOをドライバーに例えると分かりやすい。