筋電義手の進化がめざましい。筋電義手とは、筋肉から発生する微弱な電位(筋電位)を使って動作制御する電動義手。人工知能(AI)の一種である「パターン認識」を制御に活用した筋電義手が登場し、複雑な手の動きを短期間の訓練で習得できるようになった。体の機能を追加する「身体拡張」につながる開発が進む。
義肢などの補装具で世界最大シェアを持つドイツottobock(オットーボック)は、筋電義手の複数の動きを実現する新しい制御システム「Myo Plus(マイオプラス)」を開発した。ユーザーの腕の筋肉活動によって、手指の開閉や手首をひねるなどの幾つもの動作をこなせるようになる。システムを構成する部品は、日本の厚生労働省(以下、厚労省)の認定を受けて、2022年4月に補装具等完成用部品*1に登録された(図1)。
新たな制御システムでは、前腕に装着した8つの筋電位センサーから得た筋電位のパターンを使って、筋電義手を制御する。例えば、手を握ろうと前腕に力を入れたときの筋電位のパターンと、義手の握る動きをひも付けて記憶させる。複数の動きのパターンを記憶させておけば、ユーザーの自然な感覚で筋電義手を動かせる(図2)。
従来のオットーボックの筋電義手では、2つの筋電位センサーから得る電位の大きさで筋電義手の動きを制御しており、うまく使いこなすのが大変だった。具体的には、手首を反るように前腕に力を入れて、筋電位があるしきい値(A)以上になると義手が開き、さらに大きい力を加えて別のしきい値(B)を超えると手首の回転動作に切り替わる、といった制御である(図3、4)。ottobockの日本法人であるオットーボック・ジャパン(東京・港)義肢装具事業部の八幡済彦氏は、「筋電位がうまく測れないユーザーも多く、義手を開く動作と手首の回転動作を区別して制御するには、長期間の訓練が必要」という。
マイオプラスを使えば「筋電義手を思い通りに動かすための訓練期間の大幅な短縮につながる」(同氏)。実際に記者が体験すると、新たなシステムにおいて筋電位のパターン登録は3分ほどで完了し、その後すぐに手の開閉、手首の回転の動作を実行できた。一方、従来方式では、開閉はすぐに実行できたが、手首の回転には不自然なほどの強い力が必要で、しばしばうまくいかなかった。
周波数分布に着目して動作意図を抽出「第3の手にもなり得る」
日本ではさらにきめ細かな制御が可能な筋電義手を目指して開発が進んでいる。
「特別な訓練を必要とせず、だれでも簡単に使いこなせるようになれば、義手としてだけではなく、『第3の手』のような、身体拡張への用途拡大も期待できる」――。こう話すのは、電気通信大学(以下、電通大)大学院情報理工学研究科特任助教の山野井佑介氏。同氏らは、5本の指を別々に動かせる筋電義手と、筋電位のパターン認識を活用した制御システムを開発し、厚労省の補装具等完成用部品の認定を得たと22年4月に発表した(図5)。
同氏らは、同じような筋肉への力の入れ方でも、人によって筋電位の周波数分布が変化する現象に着目(図6)。「周波数の分布を捉えると、ユーザーのより細かな動作意図を抽出できる」という。オットーボックのシステムでは、8つのセンサーから得た筋電位の大きさ(振幅)からパターン分類していたが、山野井氏らが開発した筋電義手では、複数のセンサーの電位だけでなく周波数分布も考慮することでより複雑な制御が可能になる。
複数のセンサーから得た筋電位の周波数分布を図7のようにレーダーチャートに描き、動作に応じたパターンを得る。これらのパターンを義手に学習させ、動作の際にどの学習パターンに近いかを判定する。
電通大の新たな制御システムでは、安静、握る、開く、内側に曲げる(手首掌屈)、外側に反る(手首背屈)、内側にひねる(手首回内)、外側にひねる(手首回外)、三指つまみの計8種類の動作に対して、85%の識別率(実験者が指示した動作を被験者がどの程度正しく達成できたかを示す割合)を得た(図8)。ただし、「85%の識別率では日常生活にまだ支障をきたす。識別率の向上は課題だが、現状でも動作の種類を4、5つに限定すれば識別率が上がり、実用化に十分なレベルに達する」(山野井氏)という。