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 工場向け自律走行搬送ロボット(AMR)向けソフトウエアの「デファクトスタンダード(事実上の標準)」を狙う日本のスタートアップ企業が現れた。ロボット開発を手がけるLexxPluss(川崎市)だ。

 同社が夢見るのは、同社が設計したハードウエアと、同社のソフトウエアが世界中の工場で動く世界である。まるで米Microsoft(マイクロソフト)の「Windows」のように、さまざまなメーカーのAMRにLexxPlussのロボット制御ソフトウエアを組み込みたい考えだ(図1)。

図1 開発するAMRは、約50台を一括管理してものを運べる
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図1 開発するAMRは、約50台を一括管理してものを運べる
右写真は、LexxPluss代表取締役の阿蘓将也氏がタブレット上でAMRを管理する様子。同氏によれば、開発するAMRの特徴は3つ。すなわち、(1)板金製のため軽く全体の質量が「約60kgに抑えられた」(同社)、(2)機体水平面の半径が38cmと小型、(3) 更新可能な次世代リアルタイムOS「Zephyr」を搭載した、という点だ(写真:加藤 康)

“閉じたAMR業界”を変革へ

 では、AMRでどのようにマイクロソフトのような地位を得ようというのか。同社がつけいる隙があると考えているのが、AMR業界の閉鎖性である。現在、AMR分野では、特定のベンダーが、固定的(クローズド)な製品をパッケージとして提供している。基本的にハードウエアのカスタマイズはできない。

 しかし、ユーザーのニーズを考えると、ハードウエアは柔軟であった方がいい。AMRに搭載するアームなどの拡張機器の形状、周囲を監視するためのセンサーやその位置など、ユーザーによって千差万別だからだ。

 さらに、AMRと工場内機器との連携には大きな需要が見込める。AMRを既存のベルトコンベヤーシステムに置き換えたり、AMRで搬送した荷物を据え置き型のロボットハンドでピックアップしたりといったニーズである。こういった用途を実現するためには、スペースや作業に合わせた形状や機構、異システム間のソフトウエア連携が必須となる。

 そこでLexxPlussは、ハードウエア情報の無償公開に取り組む。機械的、電気的な設計図を提供し、第3者が容易にカスタマイズしたハードウエアを開発できるようにする。現在、設計図を公開している同社のAMRは、外形寸法693×645×227mmと小型ながら、最大300kgまで積載できる(図2)。

図2 AMRのハードウエア情報を無償提供
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図2 AMRのハードウエア情報を無償提供
「.step」拡張子で公開されているAMRの3Dモデルの例。自社開発するAMRの機械設計や電機・電子設計、制御ソフトウエアの組み込み情報を協業パートナーに無償公開する(出所:LexxPluss)

 一方で、AMRの制御をつかさどるソフトウエアは原則非公開として囲い込む。基本月額「10万円以下」(同社)のソフトウエア利用料で収益を得るモデルだ。

 設計図を公開することでコピー品が大量に出回るリスクはあるが、「そうした懸念は少ない」とLexxPluss代表取締役の阿蘓将也氏は自信を見せる。第3者がハードウエアを製作できたとしても、同社のソフトウエアがなければ、「まともに動作しない」(同氏)とするからだ。

 ハードウエア開発者にとっても、LexxPlussのソフトウエアのライセンスを受けた方が、一から開発する手間が省けて開発効率を向上できる。ソフトウエアメンテナンスなどの面倒からも解放される。

 なお、同社は設計図を公開しながらも、AMRを製造・販売する。単体で購入する場合には、「約300万円」(阿蘓氏)の価格で提供。「欧州などでは500万円前後の製品が多いことを考えれば低価格だ」と阿蘓氏は述べる(図3)。

図3 「Zephyr」搭載のため、ファームウェアから更新可能
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図3 「Zephyr」搭載のため、ファームウェアから更新可能
開発するAMRは、更新可能な次世代リアルタイムOS「Zephyr」を搭載している。機体提供後もLexxPlussからソフトウエアなどの更新ができるというわけだ。最高走行速度は7.2km/hで、停止精度は±5mm(軌道走行時)。バッテリー駆動時間は最大18時間。LiDAR(3次元レーザーレーダー)やToF(測距)センサー、米Intel(インテル)のデプスカメラ「RealSense」などをセンシング機器として搭載した(出所:加藤 康の写真に日経クロステックが加筆)

 LexxPlussが最終的に狙うのは、AMR市場のプラットフォームベンダーだ。ソフトウエアのライセンシング、本体の製造や販売に加えて、機体の修理や保守改善(アップデート)も請け負う。協業パートナーに提供する機体の情報は同社がクラウド上で集約して分析するため、稼働状況を見ながら異常を発見できる。「製造品質から稼働状況まで、年間1000台規模で一括管理できる」(同氏)と胸を張る。

設計図はパートナー限定で公開中

 現状、ハードウエアの設計情報の無償公開は、LexxPlussとパートナー契約を結んだ企業に限っている。現在、契約済みの協業パートナーは約10社。NEC系やデンソー子会社のデンソーウェーブ注)、物流ソリューションを手がけるトーヨーカネツなどが含まれるという。「拡張機器の搭載といった応用がききやすいAMRはこれまでにあまりなかった。さらに、ビジネスモデルや機能性が評価されているのではないか」と阿蘓氏は述べる。

注)なお、デンソーウェーブには2022年6月末現在、無償公開を実施しているが、本契約には至っていない。本契約に向けて協議中の段階という。

 ハードウエアの設計情報を公開しているため、協業パートナーがAMRの拡張機器を新たに開発し、搭載しやすい。例えばNEC系の例では、設計図を元にAMRを自社で製造し、自社ブランドとして製造する考えだという。デンソーウェーブとは、AMRに搭載できる自動車製造工場向けの協働ロボットアームの開発を検討している。

 さらに、既存のベルトコンベヤーシステムと連携して荷物を運べるような拡張機器も搭載できる。LexxPlussが開発したAMR連携搬送システム「Luft-Conveyor」は、ベルトコンベヤーからAMRへの荷物移動を人の手を使わず実現できる製品として開発した。「ベルトコンベヤーはEC(電子商取引)の普及に伴い、大規模なシステムが必要になってきている。コストがかさむなか、AMRは代替ソリューションとして注目度が高い」と阿蘓氏は語る(図4)。

図4 ベルトコンベヤーをAMRで代替できる
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図4 ベルトコンベヤーをAMRで代替できる
ベルトコンベヤ-はコストがかかるため、AMRへの代替需要が高い。LexxPlussが開発したAMR連携搬送システム「Luft-Conveyor」は、コンベヤーで荷物を運び、AMRに自動で載せる製品。「設計の自由度を高めている」(阿蘓氏)という(写真:加藤 康)

ソフトウエアで勝負を仕掛ける

 ソフトウエアには、LexxPlussならでは機能を盛り込んだ。(1)ハイブリッド制御、(2)「交通ルール」の設定、(3)数十台規模の運用管理――といった3点である。