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 フラッシュメモリー会社「キオクシア」の分離独立や、ADAS(先進運転支援システム)/自動運転向け画像認識SoC(System on a Chip)「Visconti」の新規開発中止など、不正会計問題に端を発して複数の痛手を被った東芝の半導体事業。そこに光明が差すような、新たな半導体プロセスが開発された。このプロセスにより、これまで分かれていたマイコンとパワー半導体が1チップに集積できる。より具体的には、モーターの動作を監視・制御するための回路、プログラム格納用のフラッシュメモリー、モーターに駆動信号を与えるドライバー回路、ドライバーからの信号をモーター駆動電源とするインバーターなどをすべて1個のチップ内に集積できる。ファンやポンプのモーター直接駆動可能な車載マイコンのサンプル出荷を、半導体事業会社の東芝デバイス&ストレージが2022年12月に始める見込みである。

 現在、東芝の半導体事業に残っている数少ない強みがアナログやパワー半導体である。源流の芝浦製作所が得意分野としていた重電やモーターの資産が今も生きているといえる。ただ一口に重電やモーターといってもさまざまなものがあり、対応する半導体製品の幅は広い。今回、この記事で紹介する半導体プロセスは、耐圧が100V未満(以下、低耐圧)のパワー半導体製品などを造るものである。低耐圧のパワー半導体は、例えば自動車のポンプやファン、パワーウインドーなど(いわゆるボディー系の部品)のモーターを駆動する。なおEV(電気自動車)のパワートレーンのモーターを駆動する高耐圧トランジスタのプロセスや半導体製品も同社は開発提供しているが、この記事では扱わない。

 現在市場にあるほとんどのマイコンがプログラム格納用にフラッシュメモリーを集積している。東芝デバイス&ストレージのマイコン製品も同様である。同社のマイコンは新しい英Arm(アーム)製CPUコアの採用では競合他社に比べて遅れているものの、モーター制御回路「A-PMD:Advanced-Programmable Motor Driver」やベクトル処理アクセラレーター「A-VE+:Advanced Vector Engine Plus」、レゾルバー出力のフィードバックを担う「RDC: Resolver to Digital Convertor」など、モーター制御に向けた独自回路を集積することで差異化を図っている。

図1 モーター駆動用車載マイコンとモーターの接続図
図1 モーター駆動用車載マイコンとモーターの接続図
図中央のオレンジ枠で囲った部分が現在の東芝デバイス&ストレージ製マイコンの主要な回路ブロック。この記事で紹介する新しい半導体プロセスを適用することで、その右側にあるインバーターの一部や全部をマイコン側に取り込める。(出所:東芝デバイス&ストレージ)
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 今回の新しいプロセスによって、CMOSロジック(例えばCPUコア)やアナログ(例えばA-D変換器)、50V耐圧のLDMOS(Laterally Diffused Metal Oxide Semiconductor)パワー半導体、そしてフラッシュメモリーを1チップに混載した車載マイコンを造れるため、マイコン事業で競合他社を大きくリードできる可能性がある(図1)。これまでマイコンとパワー半導体は別々のチップだったので、今回のプロセスで造るマイコンに置き換えることで、極端な話、1つのチップしか載らない基板でモーターを駆動できる超小型のECU(Electronic Control Unit)の実現も見えてくる。ファンやスライダーなどを駆動する小型モーターはクルマの中に多数搭載されることを考えると、パワー半導体を混載した車載マイコンの市場規模は意外に大きいだろう。