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 デジタル庁は、児童とその家庭に関する行政データを連携し、児童の虐待や孤立などを早期に発見する実証実験を2022年7月から本格始動させる。実証に参加する7つの自治体が6月までに事業計画をまとめ、デジタル庁も実証実験に向けた指針を整備した。

 デジタル庁が実証実験を通じて仕組みをつくり、成果は2023年4月に発足するこども家庭庁に引き継ぐ計画だ。省庁横断の体制で「児童の見守りを強化していち早く支援する」という政府構想の実現を目指す。

 しかし、この政府構想の実現手段には、個人情報保護の観点から問題があるとの指摘が一部専門家から出ている。幅広い行政データを児童見守りという本来はなかった目的に使うことは、「目的と関連性が低い個人データを人の評価に使ってはならない」という世界で普及しつつある個人情報保護法制の原則に反するとの指摘だ。根底にはデータに基づく人への差別的な扱いを防ぐ狙いがある。個人情報保護法で禁じる「本人の同意がない目的外利用」をクリアできるかも課題となる。

校区データに加え、納税情報や世帯情報なども活用

 デジタル庁が取り組むのは「こどもに関する各種データの連携による支援実証事業」で、2022年度の実証に7億300万円の予算を投じる。参加する7つの県や市が公表した計画によると、用いる行政データの幅は自治体によって異なり、どのような分析ができるかも検証テーマだ。データは統計分析のほか、AI(人工知能)の活用も想定し、虐待や育児放棄、孤立などの可能性がある児童を検知して警報を出す。最終的な判断はあくまで自治体職員らが行うという。

兵庫県尼崎市が計画するシステム構成。すでにある福祉系システムも活用し、教育関連以外に納税など広範なデータを連携させる計画
兵庫県尼崎市が計画するシステム構成。すでにある福祉系システムも活用し、教育関連以外に納税など広範なデータを連携させる計画
(出所:兵庫県尼崎市、デジタル庁)
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 多くの参加自治体で共通して用いるのが、自治体や教育委員会の単位で学校に導入している「校務支援システム」のデータだ。一般には児童の学校での出席状況や成績、健康状態、児童への調査やアンケート結果などを管理している。一部自治体はさらに広範なデータも活用する方針だ。世帯収入につながる納税情報や家族構成など世帯情報、児童手当や母子保健といった行政支援制度の利用状況などである。

 政府構想は事実上、こうした幅広い行政データを、当初は想定しなかった児童見守りという行政目的のために本人の同意なく利用できることが前提になっている。仮に各家庭の世帯主や父兄らの個別同意が必要になれば、同意を得る膨大な手間が自治体の負担となるほか、同意が得られる家庭も一部にとどまる公算が大きい。すべての児童を見守る構想そのものが実現困難になるからだ。

 一方、個人情報に詳しい一部専門家は、実証実験の内容を踏まえると、本人同意が不要かどうか以前に、様々な行政データを使うこと自体に問題があると指摘する。個人情報保護法制などの研究や提言をしている情報法制研究所(JILIS)の関係者らだ。高木浩光副理事長は「利用目的との関連性が低いデータは人間に対する評価に用いてはならない、という国際的な基準に反するからだ」と指摘する。

 国際的な基準とは、経済協力開発機構(OECD)が定めた個人情報保護のガイドラインを指し、日本を含む加盟国に順守を求めている。同ガイドラインには「個人データはその利用目的に関連したもの(relevant)でなくてはならない」という趣旨が盛り込まれている。「relevant」は「利用目的に沿ったもの」とも言い換えられる。

 高木副理事長は、その意図を「データ分析により統計的な結果を一律に人の評価に当てはめる、あるいは誤った結果を採用してしまうなど、データによる人への差別的な扱いを禁じるため」と解説する。基本的には、同意を得たかどうかに関係なく、得られた分析結果を参考情報にとどめて使う場合でも、OECDガイドラインは免れないという。本来の目的に沿わないデータを用いた人への評価は「統計的差別」を生む恐れがあり、禁じる立場を取る。

 例えば、学校の出席状況など校区データは、児童見守りという利用目的に関連性が高いといえそうだ。しかし課税を目的にした所得情報や、世帯情報からひとり親かどうかという情報を使うことは、「低所得でひとり親の世帯は児童虐待の可能性が高い傾向があるといった一律の統計的結果を当てはめる可能性がある。たとえ児童見守りという正義を達成する目的でも、OECDガイドラインが危惧するケースの一例だ」(高木副理事長)。

 高木副理事長によれば、利用目的との関連性を重視するOECDガイドラインの意図や解釈への理解が日本で進んできたのは最近だといい、専門家の間でも理解がまだ定着していない。そうした背景もあり、日本の現行の個人情報保護法には目的との関連性が低い個人データで人を評価する是非には明確な規定がないという。ただし現行法でも「本人同意を得ずに目的外で利用する」ことは禁じている。本人同意の問題は現行法でも政府構想にとって課題となる。