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 テレビドラマ化もされ話題となった池井戸潤氏の小説「下町ロケット」。医療事業への参入を描いたシリーズ第2作でモデルとなった、福井経編興業(福井市、フクイタテアミ)、大阪医科薬科大学、帝人の共同開発による心・血管修復パッチの実用化が、いよいよ目前に迫っている(図1)。伝統的な経編技術や素材の組み合わせを工夫した医療機器として、2022年内の製造販売承認申請を目指す。

図1 心・血管修復パッチの外観
図1 心・血管修復パッチの外観
薄い布状で手術箇所に合わせてカットして使う。(出所:帝人)
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 「下町ロケットにようやく追いついた、といったところだ」――。2022年5月17日、フクイタテアミなどが2014年ごろから開発を続けてきた「心・血管修復パッチ OFT-G1(仮称)」について、共同開発してきた3者は有効性や安全性を確かめる臨床試験で主要評価項目を達成したと発表した。その手応えについて大阪医科薬科大学専門教授の根本慎太郎氏が引き合いに出したのが、下町ロケットだった。何を隠そうこのOFT-G1の開発プロジェクトが同作品シリーズでモデルとなっていたからだ。

 下町ロケットは精密機械製造の中小企業である「佃製作所」が宇宙や医療、農業といった新事業に挑戦する奮闘を描いた小説だ。OFT-G1がモデルとなったのはシリーズ第2作の「ガウディ計画」編で、人工心臓の開発をめぐるエピソードである。

 福井県で繊維業を営むフクイタテアミが大学や大企業を巻き込みながら、一見すると無関係な医療事業に挑む姿を見て、池井戸氏が執筆の参考にしたという(図2)。なお、フクイタテアミは繊維ベンチャーの「サクラダ」、根本氏は「北陸医科大学」の一村隼人教授のモデルとして、それぞれ作中に登場している。ガウディ計画編の書籍が出版、テレビドラマ化されて話題を呼んだのは2015年だった。そこから遅れること約7年、ようやく現実が物語に追いついたというわけだ。

図2 福井経編興業の工場風景
図2 福井経編興業の工場風景
工場はテレビドラマの撮影にも使われた。(出所:福井経編興業)
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血管を広げる手術に編み物を応用

 ガウディ計画編は人工心臓の話だったが、実際に開発したOFT-G1は心・血管修復パッチである。心・血管修復パッチとは、その名の通り心臓の血管の治療に用いるパッチ(つぎあて)で、OFT-G1は特に先天性心疾患の治療を想定して開発されている。

 例えば先天性心疾患の1種であるファロー四徴症では、心臓から肺に向かう動脈が部分的に狭まる症状が見られる。血管が狭まると血液が十分に流れないため、血管を切開して直径を広げる処置が施される。この際、切開した血管の欠損部を埋める(塞ぐ)ために使うのが心・血管修復パッチである(図3)。

図3  心・血管修復パッチによる血管狭窄(きょうさく)の治療イメージ
図3  心・血管修復パッチによる血管狭窄(きょうさく)の治療イメージ
血管が狭まった部分を切開し、心・血管修復パッチで塞いで直径を広げる。(出所:日経クロステック)
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 こうした手術は子供の頃に行われるケースが多く、心・血管修復パッチは長期間体内に留置されることになる。根本氏によると、従来は牛の心膜や医療用人工素材などが用いられていたが、免疫拒絶反応が起こり石灰化や劣化を引き起こすといった課題があった。また、パッチの伸縮性が低いと修復部分が患者の成長についていけずに狭窄(きょうさく)を生じ、再手術が必要になることが多かったという。

 こうした課題の解決を目指して開発してきたのがOFT-G1だ。下町ロケットでは佃製作所が強みを持つバルブシステムが物語の鍵を握っていたように、OFT-G1の開発でも中小企業がコツコツと磨いてきた技術が生きている。フクイタテアミの社名にもある編み技術「経編」である。