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 キリギリス(図1)とバッタは、敵が近づいたときの逃げ方が大きく異なるという。「キリギリスは敵が近づいたのに感づくと、下の葉にポトリと落ちて走って逃げるが、バッタは飛んで逃げる。だからキリギリスの足は、セルロースと相性がいい、と考えた」(ジヤトコイノベーション技術開発部の松尾道憲氏)。そしてキリギリスの足の裏には細かな六角形の突起が並ぶ模様が見られるが、バッタの足にはない。「葉の上を滑らずに走れるよう、進化の過程で獲得した形なのでは」(同氏)。

図1 キリギリス
図1 キリギリス
足の裏に微細な六角形模様があることが知られている。(写真:123RF)
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 カエルの足にも同様の六角形模様が見られる。ジヤトコ(静岡県富士市)は、キリギリスやカエルの足からヒントを得て、六角形模様を変速機に用いるクラッチのスチールプレート(ドライブプレート)にプレス加工で付与してみた(図2)。対向するフリクションプレートの摩擦材は紙、すなわち主成分がセルロースである。「試作して実験してみたらすぐに、特性を大きく改善できていると分かった」(松尾氏)。

図2 微細な六角形模様を入れたスチールプレート
図2 微細な六角形模様を入れたスチールプレート
平滑なスチールプレートよりも特性を大きく改善できた。(写真:ジヤトコ)
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摩擦材も葉っぱもセルロース製

 自動変速機に多用されるクラッチは、表面を平滑にしたスチールプレートと、摩擦材を付けたフリクションプレートが互いに1枚ずつ数層重なり合っている(図3)。力をかけてプレート同士を押し付けると、スチールプレート側の回転がフリクションプレート側に伝わり、押し付けを離すと回転が伝わらなくなる。自動変速機は、数組の遊星歯車機構にクラッチを付けて、どの組のサンギア(太陽歯車)やプラネタリギア(遊星歯車)に回転を伝えるか、あるいは外側のキャリア(外輪歯車)を抑止するかしないかなどを制御して減速比を変えていく。

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図3 FR車用9速自動変速機「JR913E」とクラッチ
図3 FR車用9速自動変速機「JR913E」とクラッチ
左上がJR913Eのカットモデル、右上がクラッチ(断面)の拡大。下が、クラッチを構成するスチールプレートとフリクションプレート。(出所:ジヤトコ)
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 クラッチには、2つの要件が必要になる。1つは摩擦特性の良さで、スチールプレートとフリクションプレートが互いに滑らないよう摩擦力を発生させられること。もう1つは摩擦材の寿命の長さであり、劣化するスピードが遅いほうが望ましい。キリギリスの場合で2つの要件をまとめていえば、葉の上を滑らずに高速に移動できて、かつ葉の表面にダメージを与えないことに相当する。

 摩擦特性が良くないと、スチールプレートとフリクションプレートが互いに相手を確実につかめず、断続的に滑る「ジャダー」または「スティックスリップ」と呼ばれる現象で雑音が発生する。そうならないためには、スチールプレートとフリクションプレートの相対的な回転スピードに差があればあるほど、摩擦係数が大きくなる(大きな摩擦力を発生させられる)特性が必要といえる。ところが、この特性は多くの摩擦現象で見られるのとは逆だ。通常2つの物体の間に生じる摩擦力は、互いに静止しているときのほうが大きく、互いに動いていると小さくなる(静止摩擦係数より動摩擦係数が小さい)のが普通だからだ。

 この普通とは逆の摩擦特性を得るための工夫の対象は、これまでは摩擦材かクラッチオイルのどちらかだった。クラッチの摩擦に直接関係する“当事者”は、スチールプレートと摩擦材、その間に介在するクラッチオイルの3者であり、そのうちの2つである摩擦材とクラッチオイルの工夫はこれまでも進んでいた。例えば、摩擦材には溝を設けてクラッチオイルが流れやすいようにして、クラッチオイルが摩擦材を冷却する効果を高めるようにしている。クラッチオイルには摩擦調整剤を入れて、プレートの相対速度が低いときの摩擦係数を下げ、高いときの摩擦係数を上げるよう工夫している。