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 産業界が注目する後継者問題に、今度は「社内人材の起用」という回答を繰り出した日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)。日産自動車から一本釣りした関潤氏を更迭し、新たに小部博志副会長を社長兼最高執行責任者(COO)に就任させた。

 永守会長と小部社長は創業以前から「親分と子分」(同会長)の名コンビだが、78歳の会長と73歳の新社長では、長引く同社の後継者問題の完全解決には至らない。関氏の更迭の裏に何があったのか。社長交代の緊急会見の質疑応答では、永守会長の口から率直かつ辛辣な言葉が飛んだ。

歯に衣(きぬ)着せぬ回答で会見に臨んだ永守会長
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歯に衣(きぬ)着せぬ回答で会見に臨んだ永守会長
(出所:日経クロステック)

関氏との間で辞任に際してどのようなやりとりがあったのか。永守会長から降格を言い渡したのか。

永守会長:私から首を切るようなことは一切ない。ただし、(日本電産の)経営を学んでもらわないといけないし、まねてもらわなければならない。その点については非常に厳しい指導をする。入社した時の経営力では全く役に立たないからだ。彼だけではなく、他の幹部にも同じことを教えている。

 買収した大赤字の会社にも同じことを教えている。そうした会社は学び、まねてくれたからこそ、赤字から営業利益率が12、13%の会社にあっという間に変わっている。

 学び、まねることが第一だ。そこで実績が出てきたら、自分の経営手法を確立してやっていくのが早い。それをやらないと、はっきり言って利益は出ない。やり方が間違っているからだ。

 (私は関氏に)何回も何回も指導したが、それを2人がけんかしているのではないかと思っている人いる。そうではなく、(彼は)指導を受けているのだ。私から経営の指導を受けていて、横を向いてまねなかったら進歩はない。私は50年間、会社の経営をやっている。数々の倒産しかかった会社を再建してきた。だから、そこから学ぶことはいっぱいある。

永守会長が新社長に小部副会長を選んだ理由は?

永守会長:小部氏は大学の後輩で知り尽くしている。彼には約55年間、厳しい教育を施してきたが、1回も「辞める」とも「嫌だ」とも言わなかった。日本電産では営業を専門的に担当してもらい、大番頭だった。この会社で私に意見を言えるのは彼くらいだ。企業文化や株価を戻すのに最適な人物だと信頼している。彼の言うことは正しいし、私の言うことを支える関係性ができている。

 来年(2023年)は創業50周年なので、安定政権をつくりたい。最長2年以内に小部氏と共に新体制をつくり、心配を掛けている後継者問題も全てすっきりさせる。最近は外部から「老害」と言われることがある。そう言われる筋合いはないが、市場に不安を与えていることは事実なので、きちんと決断する。

社長就任が決まった率直な感想を小部氏から聞きたい。

小部社長:永守会長に出会ったのは私が18歳、会長が22歳の頃。九州から東京に来て入った下宿の隣人が会長だった。引っ越しの挨拶に行くと、大学名や専攻を聞かれた。そして、「今日からわしの子分にしてやる」と言われたのが私たちの関係の始まりだった。

 就職先も会長に決められた。私の原点は「Yes I can」。返答は「分かりました、やります」しかない。あとは会長を信じるだけだ。55年間付いてきて、実際にこのような立場に置いてもらっている。ただ、私の年齢は73歳。市場からどう見られているかは承知している。

小部新社長(左)と永守会長(右)
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小部新社長(左)と永守会長(右)
小部氏が学生時代に上京した時からの「親分と子分」の関係。(出所:日経クロステック)

代表権を持つ会長としていつまで務めるのか。

永守会長:新しい人物を社長にし、すぐに(CEOを)渡すとまた失敗する。少なくとも1年とか。私は創業者だから別に肩書は要らない。名誉会長でもなんでもいい。(経営の)実権は社長以下副社長にやってもらう。大事な顧客が来たら、私が出て行けばいい。いくら元気だといっても、今から世界中を飛行機で飛び回るようなことはできない。

 京セラ(創業者)の稲盛(和夫)氏も、昔は厳しい人で夜中までガンガン働いていたが、年齢を重ねると仏についての話が増えるなど変わっていった。私も変わっていく。もう夜中まで働くとか、365日働くとか、そんなことができるなら超人だろう。最近本を著しているから(私の)変化が分かるはずだ。これから20冊ぐらい書こうと思っている。経営の話だけではなく、大学を経営しているため、今の教育が間違っていると(いう本も)。今の高校生諸君に「一流大学ばっかり目指してどうするのか。そんなのは間違っている」と本に書く。みんなに読んでもらいたいと思っている。