2030年度に売上高10兆円──。貪欲なまでに成長を狙う日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)が、次に狙うターゲットがこれだ(図1)。2021年度の日本電産の売上高は約2兆円。そこから10年もしないうちに、売上高を約5倍に引き上げるというのだ(図2)。足元では、外部から招いた人材のCEOからの降格および社長更迭と、高齢(78歳)となった永守会長の後継者問題で揺れる。世間の注目度は以前にも増して高まっている。
「ホラ」をぶち上げ、目標を必達する
注目を集める理由は、永守会長の有言実行型の経営スタイルにある。高い目標をぶち上げ、そこに向かって猪突(ちょとつ)猛進するというものだ。1973年に4人で日本電産を創業した当初から、同会長は「精密小型モーターで世界トップになる」「中小企業ではなく、兆円企業を目指す」「20年後に自社ビルを建てる」「50年後には売上高1兆円にする」などと宣言し、それらをことごとく実現してきた。
中でも、売上高1兆円は10年ほど前倒しして2014年度に達成。そこからさらに売上高を約2倍に伸ばして今に至る。ここまで成長を続ける日本の大手企業は極めてまれだ。こうした実績から「永守会長が率いる日本電産なら今回も宣言通りに売上高10兆円を実現してくれるかもしれない」と、世間が大きな期待を同社に寄せている。
永守会長が見せる成長の姿は、難易度に応じて「ホラ」(同会長)、「夢」、「目標」の3段階に分かれる。ホラは文字通り、人に笑われるような壮大な目標。同会長が75歳の時に立てた「125歳まで生きて、50年後(2070年ごろ)に売上高100兆円を目指す」という計画が、これに相当する。これがもう少し現実味を帯びると夢となり、さらにそれが目標へと変わる。ただし、日本電産にとって目標とは漠然と目指すものではなく、「必達が前提」(同会長)という厳しさがある。
目下の必達目標は、2025年度の時点での売上高4兆円(図3)。そのための計画や施策は既に各事業部門まで降りている。その次のステップが、2030年度に売上高10兆円だ。これは「夢というよりも、もう少し現実味を帯びたもの」(日本電産)。永守会長は市場と事業のポートフォリオを基に緻密に分析して数字を立てており、自身の頭の中には既に戦略があるという。ただし、その中身を社内外に発表するのはまだ早いと考えており、具体的な計画が明かされるのは、売上高4兆円を達成予定の2025年ごろになりそうだ。
好調なうちに大胆な構造転換
売上高を4兆円、そして10兆円へと飛躍させるために、日本電産は成長をけん引する「3本の矢」を用意している。その中で最も重要な第1の矢が、電動アクスル事業である(図4)。電動アクスルは電気自動車(EV)用駆動モジュールで、実体は減速機とインバーターを組み込んだ駆動用モーターである。2次電池と並ぶEVのコア部品だ。永守会長はこの電動アクスル事業を精密小型モーター事業の次の新たな成長源に据えた。
市場の先を読み、リスクを負って大胆に事業構造の転換を図る。これが功を奏し、永守会長はベンチャー企業だった日本電産を世界的な企業へと飛躍させた。1980年代前半に永守会長は、受注が多く主力製品だったFDD(フロッピーディスクドライブ)用モーターから撤退。パソコンの小型・薄型化と記憶装置の大容量化の流れをくみ取り、HDD(ハードディスクドライブ)用モーター(主軸モーター)に経営リソースを絞り込んだ(図5)。この決断を、HDD普及前で市場が小さく、それ故に受注も少ない中で行ったのである。
それと同じ決断を永守会長は電動アクスルでも下した。サーバー向け需要が旺盛なこともあって、今なおHDD用モーターは日本電産の「キャッシュカウ(安定収益源)」だ。ところが、頂点を極めたビジネスにいつまでもしがみついているわけにはいかないと、永守会長はHDD用モーターが極めて好調な1990年代から既に次の新事業を考えてきたという。しかも、得意領域が分かっている同会長は「回るもの、動くもの」とその関連製品以外に手は出さない。そして、20年以上考え続けて出した答えが、電動アクスルというわけである。