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 河野太郎デジタル相は2022年10月13日、マイナンバーカードと健康保険証の一体化に伴い、紙やプラスチックカードの健康保険証を2024年秋に廃止する方針を発表した。既存保険証の新規発行を停止することで、マイナンバーカードへの置き換えを推し進める狙いだ。

既存の健康保険証を廃止する方針を公表した河野太郎デジタル相
既存の健康保険証を廃止する方針を公表した河野太郎デジタル相
(写真:日経クロステック)
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 運転免許証とマイナンバーカードを一体化できる時期については当初の2024年度末から前倒しを検討するとし、マイナンバーカードの用途拡大を急ぐ構えだ。河野氏は2022年8月のデジタル大臣就任時からあらゆる政策テーマに対して「もっと前倒しができるかを考えよ」とデジタル庁内で号令をかけ続け、デジタル法制審査チームの設置を1年強前倒しするなど「実績」も出している。同庁幹部によれば、今回の既存保険証の廃止も河野大臣が主導して、厚生労働省や総務省を巻き込んで方針を導いたという。

 ただし国民皆保険の日本において、既存の健康保険証を廃止する影響は大きい。河野大臣が「国民や関係者から意見を広く集め、丁寧に検討を進めていく」と慎重さを見せるように、実現には解決すべき課題が多い。運転免許証なども含めて、既に見えている課題は3つある。

マイナンバーカードに関して政府が掲げる政策目標の時期と内容
※は今回、時期を明言したり前倒し方針を示したりした政策(出所:政府資料を基に日経クロステック作成)
時期内容
2023年2月市区町村での転出届をマイナンバーカードを使ってオンラインで手続きできるようにする
2023年3月末ほぼ全ての国民・住民にマイナンバーカードを交付する
2023年4月病院・診療所でマイナ保険証のリーダーなど設備導入が原則義務化
2023年5月11日※Android OS搭載スマートフォンでマイナンバーカード機能を搭載できるようにする(iPhoneでの実現時期は未定)
2024年秋※健康保険証の発行・再発行はマイナ保険証だけとする。既存の健康保険証は新規発行を停止
2025年3月※(前倒しを検討)運転免許証の情報をマイナンバーカードに搭載可能に
2026年3月在日外国人が携行する在留カードの情報をマイナンバーカードに搭載可能に

持たない人、利用できない機関の救済策も必要に

 第1の課題は、逆説的ながら「マイナンバーカードを持たない人や、利用できない医療機関でも、継続して医療を受けられるようにする」という代替策を2024年秋から用意することだ。

 政府が今回示した方針案では、紙やプラスチックカードの保険証は2024年秋から新規発行をやめる。発行済みの保険証はこれ以降も使えるが、住所変更や転職などによって保険証の記載事項や発行機関が変わった際には、マイナンバーカード上での再発行だけになる。マイナンバーカードの取得を強く迫ることになるため、実質的な「マイナンバーカード義務化」との見方が強い。

 一方で、健康保険料を支払っている人が、マイナンバーカードを持たないために公的な医療保険で診療を受けられなくなる事態は「制度の考え方や法令上からもあり得ない」とデジタル庁と厚労省は口をそろえる。加藤勝信厚生労働相も同日の会見で「マイナンバーカードを持たない人にも公的医療保険の診療を利用できるよう、丁寧に対応を検討する」と説明した。

 現実に、2024年秋からマイナンバーカードを持っていない、あるいは使えないという場合の代替策が用意されなければ、混乱は必至だ。マイナンバーカードをあえて持たない人だけでなく、マイナンバーカードを紛失した人や乳幼児なども医療を円滑に受けられなくなるからだ。

 特に乳幼児は、現在の新規発行の手続きだと短期にマイナ保険証を取得することが難しい。デジタル庁幹部は「(紛失した人や乳幼児などに対して)マイナ保険証に代わる証明書を出したり資格を確認したりするなど、厚労省とともに何らかの代替措置を検討していく」とする。

訪問介護や柔道整復師、鍼灸では今も未対応

 第1の課題に関しては、医療を提供する側の問題もある。医療保険の対象なのに、現在はマイナ保険証が対応していない診療や施術があるからだ。

 訪問医療や訪問看護、接骨院などの柔道整復師、鍼灸(しんきゅう)などで診療や施術を受ける場合である。政府はこれらの未対応分野についてもマイナ保険証を早期に導入する方向性を示しており、補助金制度などで設備導入を促す支援策を2023年秋中にも総合経済対策の中で打ち出す考えだ。

 病院や診療所は2023年4月からマイナ保険証のリーダーなどの設備を導入することが原則義務化された。だが、これにも例外がある。医師が高齢であるなどを理由にレセプト電子化の対象外となっている診療所があるのだ。診療所全体の数パーセントが該当するという。

 厚労省はこうした対象外の診療所の扱いもこれから検討する。現在は対象外の診療所にもマイナ保険証の設備導入を義務付けるのか、それともマイナ保険証以外の代替手段を用意するのかによって、「廃止」の意味も変わってきそうだ。

 被保険者は自治体や発行機関に対して健康保険証(被保険者証)の交付を求める権利が健康保険法や国民健康保険法で定められており、既存の保険証を廃止する場合は法律や関連省令の何らかの改正が必要だとみられる。マイナ保険証を持たない人や利用できない機関の代替策をそろえてから制度整備を進めるには、残る2年でもかなり厳しいスケジュールになりそうだ。