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 誕生のきっかけは、“雲の上の人たち”の間で交わされた約束だった。2012年のある日、日産自動車の新型スポーツカー「フェアレディZ」(以下、Z)に搭載される9速AT(自動変速機)の開発が動き出した。

日産の新型スポーツカー「フェアレディZ」
日産の新型スポーツカー「フェアレディZ」
14年ぶりに全面改良し、2022年夏に発売した。(写真:日産自動車)
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 「図面は売るから、あとは好きに造ってくれ」

 日産自動車とドイツDaimler(ダイムラー、当時)が資本提携していた頃の話だ。両社はパワートレーンの開発・生産における協業を議論するなかで、1つのプロジェクトをまとめた。

2010年4月にダイムラーと資本・業務提携
2010年4月にダイムラーと資本・業務提携
日産とフランスRenault(ルノー)の元会長であるカルロス・ゴーン氏が主導した。(写真:日産自動車)
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 それが、ダイムラーの9速AT「9G-TRONIC」の図面を日産にライセンス供給することだった。日産は、2016年に発売予定の新型SUV(多目的スポーツ車)への搭載を想定してゴーサインを出した。

 自動車メーカーの間で、部品を共用化すること自体は珍しくない。一般的なやり方は大きく2つ。1つは、完成品を調達すること。実際、日産は2014年6月に発売したセダン「スカイライン」にダイムラー製のエンジンを搭載している。

 もう1つのやり方は、ライセンス提供された図面の通りに部品を製造すること。余計なことは考えず、設計済みの製品を別の部品メーカーに造らせる。そうすれば、開発費を含めたコストを抑えられる。

 雲の上の人たちによる決定事項が、現場に降ってきた。日産の開発陣は、グループ会社で変速機大手のジヤトコ(静岡県富士市)と9G-TRONICの評価を始めた。ダイムラーの図面通りに9速ATを試作し、日産の品質基準を満たすかを確認してみる。

ダイムラーの9速AT「9G-TRONIC」
ダイムラーの9速AT「9G-TRONIC」
「Eクラス」を皮切りに、「Sクラス」や「Cクラス」など主要車種に展開した。(写真:メルセデス・ベンツ)
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 耐久試験を実施したところ、壊れた。自動車メーカーごとに重視するポイントが異なるので、ダイムラーの9速ATの品質が悪いとは言い切れない。それでも日産やジヤトコとしては、自社の基準を満たせない部品を採用するわけにはいかない。一般的なやり方は通用しなかったのだ。

 「蓋を開けたら、(構成要素の)8割くらいを変えてしまった」。開発を担当したジヤトコエンジニアリングの馬場正彦氏(同社エンジニアリング事業部車両適用開発部第一設計グループ主担)が振り返る。

SUVの開発プロジェクトが消滅

 最初の壁は、図面を理解することだった。

 「なんでこんな形状になってるんだろう」
 「どうしてこの肉厚で大丈夫なんだ?」

 ダイムラーの設計意図を想像しつつ、時には同社の開発陣に話を聞いて図面を読み解いていった。他人が開発した製品を扱うのは、想像以上に難しかった。そこから、信頼性の確保や、SUVだけでなくピックアップトラックのような大型車にも適用できる柔軟性を持たせることに知恵を絞った。

 「いつかはZやスカイラインにも9速ATを載せたい」。そんな思いを胸に秘めつつ、開発陣はSUV向けの製品を仕上げることに注力した。SUVの量産が軌道に乗れば、日産の象徴とも言えるスポーツカーへの採用が見えると期待していた。

 ところが、である。2016年に発売するはずだった日産の新型SUVのプロジェクトが消滅した。それに伴って、9速ATの開発も軌道修正が必要になった。