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 「これは、歴史的な成果だ」――。米国の国立研究所の1つであるLawrence Livermore National Laboratory(LLNL)第13代ディレクターのKim Budil氏は2022年12月13日、米エネルギー省(DoE)主催の会見の場でこう述べた。LLNLのNational Ignition Facility(NIF)が約60年前に研究を始めたレーザー核融合の実験で、2022年12月5日に世界で初めて“核融合の点火”に成功し、しかも投入したレーザー光の約1.5倍のエネルギーを取り出すことに成功したからである。

†レーザー核融合=より正確には、レーザーを用いた慣性閉じ込め(ICF)式核融合と呼ぶ。

 レーザー核融合とは、重水素(D)と三重水素(T:トリチウム)を直径2mm~3mmの球殻状に固めた燃料カプセルに、周囲から強力なレーザーパルスを照射し、瞬間的に圧縮(爆縮)してDとTの核融合反応(D-T反応)を起こさせることで、大きなエネルギーを取り出すことを目指す技術である(図1)。この方式の研究をけん引しているのが、今回のLLNL NIFだ。ただ、大阪大学も研究しており、一定の存在感がある。

†重水素(D)=水素原子(H)の同位体。放射性はない。Hは陽子1個を原子核として、その“周り”に電子1個が存在している。一方、Dは、電子の数は1個だが、原子核に陽子だけでなく中性子が1個加わった原子。Dは、水素原子5000個中1個の割合で存在している。海水には、重水(HDOまたはD2O)の形で含まれている。これまで重水の分離には大きなエネルギーが必要だったが、2022年11月に京都大学アイセムス拠点長で教授の北川進氏の研究グループが多孔性材料を用いて重水を高効率に分離する技術を開発。2022年11月9日に、学術誌「Nature」オンライン版に論文が掲載された。

†三重水素(T)=Hの放射性同位体。トリチウムとも呼ぶ。電子の数は1個だが、原子核が陽子1個、中性子2個から成る。半減期は12.3年で、自然界には宇宙線由来のものがわずかにあるだけである。その生成には(1)核融合炉でのD-T反応で出てくる高速中性子をリチウム(6Li)に照射する、(2)(核分裂ベースの)原子炉で発生する高速中性子を6Liに照射する、(3)重水型原子炉で放射化したD、つまりTを取り出す、などの方法がある。

†D-T反応=D+T → 4He(3.52MeV)+n(14.06MeV)。nは中性子。
図1 192本のレーザーを1cm長の筒内に集中させる
NIFのレーザー核融合施設では、まず192本のレーザー光を発射、増幅させる設備があり、その光をターゲットチャンバー(a)に導いて、さらにその中心に置いた“燃料”カプセルを収める筒「hohlraum」(b)にレーザー光を集中させる。この筒の内部でレーザー光はX線に変わり、 “燃料”カプセルを爆縮させ、核融合を起こす(c)(出所:LLNL) 
(a)NIFのターゲットチャンバー
(a)NIFのターゲットチャンバー
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(b)燃料カプセルを収める筒「hohlraum」
(b)燃料カプセルを収める筒「hohlraum」
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(c)hohlraumにUVレーザー光を集中させる様子
(c)hohlraumにUVレーザー光を集中させる様子
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トカマク式より有望か

 核融合発電施設といえば、フランスに建設が進められているITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)が有名だ。ただし、ITERはループ状の磁場で超高熱のプラズマを閉じ込める「トカマク式」と呼ばれるタイプで、レーザー核融合とは方式が大きく異なる。

 トカマク式が、高温かつ巨大なプラズマをもれなく磁場で一定時間閉じ込める必要があるのに対し、レーザー核融合では、小さな燃料カプセルやプラズマを数n(ナノ)秒だけ圧縮できればよい。今回の成果で、レーザー核融合のほうがトカマク式より早く実用化できる可能性が出てきた。

巨大装置から光を1点に集める

 NIFは、「フットボール場3個分のサイズ」(NIF)の巨大な192本の高出力レーザー設備を備えており、そこから紫外線のレーザーパルスをターゲットチャンバーに集め、さらにその中心に置いた長さ9.6mmの「hohlraum」と呼ばれる中空の筒の内部に同時に集中させる。レーザーパルスのピーク出力は、500T(テラ)Wと非常に高いが、継続時間が約4n秒と短い。

 hohlraumは、金(Au)とタンタル(Ta)の合金からできており、レーザーパルスがその内壁にあたるとX線に変わる。それが燃料カプセルに照射されて爆縮が進み、核融合反応が起こる、という“シナリオ”だ。

 “シナリオ”としたのは、NIFは数十年前からこのレーザー核融合の研究を進めているにもかかわらず、これまでは、爆縮が当初の想定通りには進まなかったからだ。再現性も低かった。稀(まれ)にうまくいっても、取り出せるエネルギーは投入したレーザー光のエネルギーよりずっと少なかった。

 例えば、2014年2月の発表では、取り出せたのは、投入したレーザー光のわずか0.13%(図2)。2021年8月には、同70%まで取り出せるようになったが、仮にそのままであれば、発電どころかエネルギーを失う一方になる。

図2 初めて核融合の本格的な“点火”に成功
核融合の利得が2を超えた とLLNLが2014年に発表した 際のエネルギー収支(上)と、 今回のレーザー光以後のエネルギー収支(下)(出所:(上)はLLNL発表のデータを基に日経エレクトロニクスが作成、(下)は日経クロステック)
図2 初めて核融合の本格的な“点火”に成功
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 今回は、爆縮とその結果としての核融合が比較的効率よく進み、投入したレーザー光のエネルギーが2.05MJ(メガジュール)に対して、取り出せたエネルギーは3.15MJ。つまり、約1.5倍と初めて核融合利得が1を大きく超えた。レーザー核融合で有効なエネルギーを取り出せる可能性があることを示したわけだ。NIFはこれを「レーザー核融合技術における核融合に世界で初めて点火した」としているのである。

†核融合利得=NIFでは、hohlraumの内部に照射したレーザー光のうち、実質的に爆縮に寄与した分のエネルギーに対する、核融合で取り出せたエネルギーの比を指す。

「誇大宣伝」と批判する報道も

 しかし、実用化までにはまだ課題が多い。例えば、今回の約1.5倍という数字は、hohlraumに照射するレーザー光のエネルギーが基準。ところが、このレーザー光を発生、増幅するのに必要とした電力量はレーザー光のエネルギーの約150倍となる約300MJ。さらに、その電力を出力するキャパシタ―バンクを充電するのに用いた電力量は約400MJである。これを基準にするとトータルの利得は、1よりはるかに低い0.008(0.8%)でしかない。本来は、トータル利得が1以上にならないと、核融合を利用する意味がないのである。

 ところが、DoEは発表の数日前から「重大発表をする」と盛り上げ、実際に発表した内容も文書ベースではレーザー光基準の「1.5倍」だけを強調するものだった。そのため、米国のメディアの中には、これを「誇大宣伝(hype)」だとして批判する報道も出てきている。

トータル利得1まであと100倍超

 ただ、今回の結果を冷静に、以前の結果、例えば2014年の結果と比較すると、レーザー核融合の実用化がはるかに現実味を帯びてきたのも確かだ。レーザー光ベースの利得、または核融合利得が大幅に向上しただけでなく、レーザー光を発生、増幅させる技術も向上させており、トータルの利得は9年足らずで400~500倍も改善した。トータル利得1の達成まであと100倍超で、手の届かない数字ではなくなってきたといえる。

 ただし、実用化にはトータル利得の向上だけでは足りない。現時点でNIFの施設では1日に数回程度しか、このレーザー照射ができない。その理由は、レーザーを発生させる装置が巨大でしかも、熱損失が多いことで、次の照射が可能になるまでの冷却に時間がかかるからだ。一方、実用化時には少なくとも1秒に10~20回の頻度で照射を繰り返す必要がある。これらの課題があっても、DoEやLLNL NIFなどが楽観的なのは、改善の余地がかなり大きいからだ。