ヘルスケア分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、このわずか2年で大きく進行した。英ロンドンを拠点とする海外調査機関のLondon Research International(LRI)は、GAFAM〔米Google、米Apple、米Meta Platforms(旧Facebook)、米Amazon.com、米Microsoft〕などいわゆるビッグテック企業が医療・ヘルスケアの領域でどのような市場をターゲットにしてきたかについて、2020年から2022年6月までの公開情報を基に分析した。すると、大きく6分野の事業に注力していることが分かった。
ビッグテックが注力する6分野
今回の調査対象企業は、GAFAMの5社に米NVIDIA、米Qualcommを加えた7社としており、ここではそれらをビッグテックと総称している。ビッグテックは15年ほど前からヘルスケア分野に投資し、買収を繰り返し、新規ビジネスを生み出してきた。しかし各社とも、ヘルスケア分野にどのように取り組んだらよいかを理解していなかったところもあり、頓挫したビジネスも多く存在する。例えば、Googleが2008年にリリースし2011年に閉鎖した「Google Health」や、Microsoftが2007年に開始し2019年に終了させた「HealthVault」といった個人の診療記録プラットフォーム、生産が中止されたリストバンド「Microsoft Band」、3年で解散したAmazonらによるヘルスケアNPOである「Haven」などがある。
ビッグテックの試行錯誤は第1段階を終え、今、まさに第2段階が始まったばかりである。2020年の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも、Googleの親会社である米AlphabetのCEO(最高経営責任者)が「向こう5年から10年の間に、ヘルスケア産業はAI(人工知能)を使うことで最大のポテンシャルを生む」と発言した。2020年に82億3000万米ドルを突破したヘルスケア分野のAI市場は拡大を続け、2030年には1944億米ドルに達すると予想されている。
現在、ビッグテック7社が注力しているマーケットは大きく6つに分類できる。具体的には、[1]クラウドへの移行とデータ処理システムの改善、分析システムの構築、[2]AIを使った創薬の加速、[3]コンシューマーヘルス(個人の健康管理)とウエアラブル/ノンウエアラブル・デバイス、[4]AIによる臨床研究、および、診療や治療のAIツールやモデルの開発、[5]遠隔医療サービス、[6]その他、ホームデバイスによる健康管理、オンライン薬局など、である。
これら6つの分野はそれぞれが完全に独立しているわけではなく、境界は曖昧である。例えば、製薬会社のクラウドへの移行(6分野の[1]に該当)は創薬のスピードアップ(6分野の[2]に該当)に貢献し、同じくクラウドやデジタル化(6分野の[1]に該当)はウエアラブルデバイス(6分野の[3]に該当)と連携してテレヘルスの役割を果たすことも視野に入っている。
この広がりと発展がまさにビッグテックが唱える「エコシステム」であり、常に新しいプレーヤーが登場し、新たな価値を加えている。そして、ペイシェントジャーニーの境界も曖昧になる方向に進みつつある。例えば、前記6分野中の[1]クラウドへの移行とデータ処理システムの改善、分析システムの構築の対象は、おおむね医療機関の診療・治療に関わるものであるが、それが案件やクライアントによっては、予防や予後に関するものになることもある。[3]コンシューマーヘルス(個人の健康管理)とウエアラブル/ノンウエアラブル・デバイスについても、従来の病気の予防目的から、服薬機能の追加によってユーザーの治療や予後のモニタリングに機能が拡大されている。
また、ここ数年はAIソリューションの発展が加速し、重要な時期となっている。2017年にGoogleが最初に発表した「Transfomer(トランスフォーマー)」と呼ばれる深層学習モデルの登場、新型コロナウイルス禍、米中の競争激化などにより、AI事業とその開発はますます加速した。例えば、創薬においてAIは既に大きな進歩をもたらしている。従来、創薬は化学者の経験と直感を頼りに、化合物と疾患関連タンパク質との適切な組み合わせを探す手作業で行われ、期間は10年以上、数百億円規模の費用がかかるのが一般的だった。AIとクラウドを使うことによって、何十億というはるかに多くの組み合わせが人手をかけずに試せるようになっている。