ハート・オーガナイゼーション(大阪市)は国立循環器病研究センターや徳島大学などと組んで、AI(人工知能)を活用した心不全の診療支援システムの開発に乗り出した。医療データを共有して医師間のコミュニケーションを支援するシステムにAIを搭載する。心不全治療にかかる医師の負荷を軽減しつつ、地域間格差の是正を目指す。
心不全とは心臓の機能が低下し、血液を正常に送り出せなくなる症状のことを指す。生活習慣の欧米化や社会の高齢化が進んだことで、心不全の原因となる虚血性心疾患や高血圧が増加。ハート・オーガナイゼーションによれば、日本は心不全患者が激増する「心不全パンデミック」のさなかにあるという。
心不全はシンドローム(症候群)であるため、病態が不均一で治療も複雑になる。適切な治療戦略を判断するためには高い専門性が必要だ。しかし、患者が増加している現在において専門医の数自体が不足しており、専門医に負担が集中している。さらに専門医が都市部に偏在しているといった課題もある。
ハート・オーガナイゼーションの奥井伸輔氏は「心不全の治療は専門医とかかりつけ医の連携が不可欠」と、タスクシェアの重要性を指摘する。かかりつけ医が心不全の専門医でない場合でも、軽症患者の日々の診察は非専門医が担い、状態が悪化したときなど必要に応じて専門医が治療に加われば、現場の負荷を分散できる。一方で非専門医と専門医がスムーズに連携するためには、非専門医が心不全の病態を正確に把握するスキルを身につける負荷を軽減する必要があった。
こうした非専門医と専門医との連携を支援する目的で始めたのが、ハート・オーガナイゼーション、国立循環器病研究センター、徳島大学、名古屋大学医学部付属病院、九州大学病院による産官学連携プロジェクト「日本全地域で心不全診療連携を最適化するAI実装DtoD(Doctor to Doctor)システムの開発と実用化」である。同プロジェクトは日本医療研究開発機構(AMED)の2022年度「医工連携・人工知能実装研究事業」に採択された。
医師間相談プラットフォームにAIを搭載
開発する心不全の診療支援システムは大きく2つの要素で構成される。すなわち医師間のコミュニケーションを支援するプラットフォームと、そこに搭載するAIである。奥井氏によれば「AIがなくてもタスクシェアを促すプラットフォームとして機能し、AIで一部の業務を効率化することで医師の負荷がさらに下がる」。まず2024年度までにプラットフォーム部分を構築する予定だという。
プラットフォーム部分は、ハート・オーガナイゼーションが2021年から手掛ける医用画像共有システム「Caseline(ケースライン)」をベースとして構築する。Caselineは救急現場などで使うことを想定したシステムで、現場医師と遠隔地にいる専門医をつなぎ、心電図やエコーといった医用画像・映像を共有しながら音声通話で遠隔診断をサポートする。サーバーを介さずにデータを直接伝送するためリアルタイムで共有できるのが特徴だ。
これを心不全向けに最適化して、心不全診療支援システムのプラットフォームを構築する。例えば、従来のCaselineでは情報共有する項目を自由に選べたが、これを一部定型化する。あえて項目を絞ることで、非専門医にもどんな情報を共有すべきか分かりやすくする狙いがある。また、非専門医が相談先の専門医を探す際は、紹介状などを通じて継続して連携できるような相手を見つけられる仕組みを検討しているという。
プラットフォームに搭載するAIは、診断支援AIと診療支援AIの2種類とする構想だ。診断支援AIは文字通り医師が心不全と診断を下すのを支援するAIで、胸部X線画像やエコー画像、心電図、血液検査の数値といった様々な情報を学習させたマルチモーダルAIとして開発する。2026年度ごろの完成を目指す。
一方の診療支援AIは治療の選択肢を提案する。心不全は薬物治療がメインだが、重症の場合はデバイスを埋め込んだり心移植をしたりする場合もある。こうした数ある治療選択肢の中から「治療薬Aと手術B」といった提案をするのが診療支援AIの役割だ。開発時期は未定だが、これらのAIをプラットフォームに搭載すれば、専門医・非専門医ともに心不全診療にかかる負荷を軽減できると期待する。