自動車の安全に関わる国際規制が短期間で林立している。自動車メーカー各社は大慌てで対応を進めているようだが、混乱の根源は対応すべき規制が一気に増えたからではない。「これまでのやり方が通用しなくなった」。こう分析するのはホンダで機能安全部門の管理者を務めたWhite Hart代表の阿部典行氏である。安全対策の歴史を振り返りつつ、新規格への対応について前後編で解説してもらった。(日経Automotive編集部)
2021年から2023年2月にかけて、3件の法規と4件の規格が次々に発行される(図1)。法規としては、国連規則の「UN-R155」(セキュリティー)と「同R156」(ソフトウエア更新)、「同R157」(自動車線維持機能)の3つが新設された。2020年6月に採択され、2021年1月から法規施行されている。新型車には2022年7月から適用され、2024年7月からは継続生産車を含むすべての車両への適用が予定されている。
規格としては、「ISO/SAE 21434」(サイバーセキュリティー)、「ISO 21448」(故意でない機能の不安全さ)、「ISO 34502」(シナリオベース評価)、「ISO 24089」(ソフトウエアアップデート)の4つがある。ISO 24089だけは策定作業がやや遅れていたが、2023年2月に正式版が発行される見通しだ。
これらの法規・規格に共通するのは、今までのように単なる検証成果物を提出すればよいというわけではなく、組織の仕組み・運用自体の変更を求めている点だ。従来の「基準に達していない成果物」を通過させないという「ゲート型」の仕組みでは対応できない。基準に達する成果物にするために、途中の「プロセスを継続的に管理」していくという「プロセス型」の仕組みの構築と運用が要求されているのだ。
自動運転や無線通信によるソフト更新など、最新の自動車システムに関わる新しい法規・規格群。ゲート型からプロセス型への移行の源流をたどっていくと、意外なところに行き着く。
1988年に発生した石油プラットフォーム事故だ。この事故を契機に「安全」という概念が再定義され、現在につながる一連の法規・規格群が整備されてきたといえる。今回はその事故を振り返り原因を整理することで、現在の林立する規格群との関係を明らかにし、規格適応への課題を明らかにしていきたい。
石油掘削施設「パイパー・アルファ」の大事故
事故の舞台はスコットランドの近く、北海に浮かんでいた石油掘削・集積施設「Piper Alpha(パイパー・アルファ)」である(図2)。
1976年の操業開始以来、12年間は目立った事故もなく順調に運転を続け、北海における石油・天然ガス生産の約10%を担っていた。過去の事故や他のプラントから得た安全策を多数導入しており、安定的な石油資源生産が継続できるはずだった(表)。しかし、これらの安全策は事故に際してことごとく機能を失い、トラブルが発生し始めてから1時間半という短時間で169人もの貴い人命が失われることになった。この事実から分かるのは、安全策というものは単に「寄せ集めた」だけでは駄目で、それぞれが全体として有機的に機能することが求められるということなのだ。
この災害に関して公式の調査が行われ、事故調査リポートの中で公開調査議長のカレン卿は、「詳細な規範的規則への準拠は安全確保に十分ではない」と結論付けた。このリポートで「セーフティー・ケース」の概念が提唱され、1992年に法制化されることになる。