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 前編では類を見ないほど短期間に林立する自動車の安全規格群の現状と、その源流となる1988年の重大事故を分析した。石油掘削・集積施設「Piper Alpha(パイパー・アルファ)」における事故の教訓から「セーフティー・ケース」という概念が生まれたが、その効力に疑問を投げかける事故が2006年に起きた。(日経Automotive編集部)

 英空軍の航空機「Nimrod(ニムロッド)MR2」が空中給油を受けた直後に火災が発生して墜落し、これにより搭乗員14人が全員死亡した(図1)。2009年に発行された事故リポート「The Nimrod Review」では次のような報告がされている。

図1 英空軍の航空機が墜落
図1 英空軍の航空機が墜落
2006年、空中給油を受けた直後に火災が発生し、14人が死亡した。写真はイメージ。(写真:123RF)
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  • Nimrodのセーフティー・ケースは、何年も休眠していたNimrodの深刻な設計上の欠陥を捉える絶好の機会だった
  • もし、Nimrodのセーフティー・ケースが適切なスキル、注意を払って作成されていた場合、Nimrod MR2への壊滅的な火災のリスクが特定され、対処されていただろう。2006年9月の事故は避けられただろう
  • 残念ながら、Nimrodのセーフティー・ケースは最初から最後まで嘆かわしい仕事だった。エラーだらけで、重要な危険を見逃した。その作成は、無能、自己満足、皮肉の物語である

 実質的な実行責任者である英BAE Systems(BAEシステムズ)は同リポートの中で、以下のように批判されている。

  • (セーフティー・ケース作成の3つのフェーズのうち)フェーズ1(範囲設定、形式化)と同2(危険分析、危険軽減)は計画も管理も不十分で、作業が急がれ、手抜きが行われた最終製品には深刻な欠陥があり、その分析には大きな穴があった
  • ハザードの40%を「オープン(検討途中)」、30%を「未分類」のままにしていた(事故の直接原因であるハザードNo.H73もその中にあった)
  • 2004年の引き継ぎ会議でタスクが「適切に完了しサインオフできる」という不適切な印象を与え、意図的に危険の規模を明らかにしなかった(「さらなる作業が必要」という漠然とした推奨事項のみが伝達された)

 また、Nimrodのプロジェクトチーム(IPT)は、同リポートでこう指摘された。

  • セーフティー・ケース作成タスクを適切な監督なしに若い人に委任した
  • BAEシステムズのリポートを注意深く読まず、作業をチェックしなかった
  • セーフティー・ケースを監査するための独立アドバイザーを任命できなかった
  • 不十分で欠陥のある非現実的な根拠に基づいてリスクを「許容できる」と分類した
  • プロジェクトチームはずさんで自己満足で、思考を外部委託していた

 さらに、アドバイザーの英QinetiQ(キネティック)は次のように書かれてしまっている。

  • 「独立したアドバイザー」としての役割を明確にできなかった
  • 重要な会議に能力のある人を送れなかった
  • BAEシステムズのリポートを読み取れなかった。全く読んでいなかった
  • 上記のような不適切な状況でBAEシステムズの作業を「承認」した

 この事例が語ることは、セーフティー・ケースは単に作成するというだけでは必ずしも有効ではなく、安全文化のもとで、組織として適切に運用されて初めて機能するものであるということだ。つまり、安全は自動車や航空機、石油採掘施設のようなターゲットシステムだけでなく、それを開発・生産・監査する組織の課題でもあることが指摘されているのである。

パイパー・アルファ事故との関連性

 これは、パイパー・アルファで当初火災の主原因とされた「ポンプの運転管理者と安全弁の管理者が縦割りになっていた」こととも関係がある。運転管理者と安全弁管理者が縦割りなのは、装置システムの問題ではなく、組織構造の問題で、単に命令系統上、管理が楽だからというにすぎない。

 装置システムの中ではポンプと安全弁は同一系統中に配置されていて、切り離して管理できないのはある意味「当たり前」である。このように本来一体であるはずの「運転システム」「安全システム」「組織管理システム」がばらばらに配置された結果、重大な事故につながる条件が蓄積されてしまったということなのだと考えられる(図2)。

図2 組織管理の問題と外部システムの問題
図2 組織管理の問題と外部システムの問題
パイパー・アルファ内部の問題、組織管理の問題、外部システムの問題が相互に影響し、被害が拡大した。(出所:筆者作成)
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 そして、形のない「組織」を検証するためには「プロセス」を記述して明確にし、継続的な改善を図るというプロセス・マネジメントの手法が必要になることも分かる。